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クリスマスの朝、リビングに据えたプラステック製の籾の木の下を確かめるのが子どもの頃の楽しみだった。
凝り性な父は夜中にこっそりと子供たちへのプレゼントを用意してくれたし、流麗な筆記体で書かれた英語の手紙を添えてくれたりもした。それをベッドから駆け降りていの一番に開けに行く。
何が入っているかはわからない。開けてみてからのお楽しみ。わくわくとした高揚感はいまでも鮮明に取り出すことが出来る。
忙しなく行き過ぎるバスの車窓を眺めながら、柳井磬介はそんな遠く昔の一日を思い出していた。
綺麗な箱に入った、つまらないおもちゃ。
柳井は自分自身をそう評する。
つまらないのは単に味気ないのではなく、もっと決定的に欠陥があるから。例えば枚数の欠け落ちて使えなくなったトランプだとか。期待した人を失望させるだけ。
ひどく自虐的な事を考えながら朝の通勤と通学の時間に当たった混み合っている車内で、ため息を噛み殺した。途端、運転手が急ブレーキを掛けたバスは大きく前後に揺れる。目の前の女性のパンプスを踏みつけかけ、慌てて手すりを掴む。そこに背後からどすっと重みがぶつかった。
ただでさえ乱暴な市バスの運転手は忙しないこの時間において更に運転が荒い。何度も信号停止に伴ってかかる急ブレーキの衝撃を革靴を踏ん張っていなす。そして流されてくる学生らしい男の子の頭を何度か胸で押し返した。
体内の淀みが限界に達した柳井は隣り合った乗客の迷惑にならないよう天井を仰いで、ついに小さくため息をつく。
月曜日の朝は憂鬱だ。
思わずサラリーマンらしいことを胸の中でぼやいてしまう。
勤め始めて三年と少し。仕事には慣れて来たけれどこの通勤スタイルには本当にうんざりとする。最寄りの駅から満員電車に乗ってそこから更に寿司詰めのバスに揺られる。
涼しい時はともかく、夏の始まりのこんな時期は触れ合った乗客の肌が汗ばんでいて気持ち悪い。お互いさまなのは承知しているけれどやや潔癖なところのある柳井には一段と不快だった。
堪らないな、ときつく目を瞑る。
ふわり、と肩のあたりで揺れる若い女の子の髪の毛から甘いフレグランスが強く香る。空調の風に乗って届く避けようのない刺激に思い出したくない記憶が蘇った。柳井の深い気鬱は混雑するバスの車内よるものだけではない。
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