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「やめてよ。それはもう嫌がらせだからさ」
「なんでだよ。いいじゃん。新婚さんぽいの選んどく」
「お前性格悪なあ」
「お互いさまだろ」
学生時分のように軽く言い合いながら笑っていると櫻田が戻ってきた。彼は眠っている津守を見下ろしてから柳井と渡会に目をやった。
すっと柳井の隣に座った櫻田は感情を押し殺したように無表情だった。しかし横目で柳井を伺う視線は何故か戸惑っている。
手洗いでなにかあったのかなと心配になった。けれどまた渡会と会話を始めた様子は特におかしいところがなかった。
時々レモンサワーを口に運ぶ少年のような櫻田を眺めながら、柳井はぼんやりと冷めた料理を箸でつつく。意識しないうちに目が、ほんのり赤く染まった耳を探すのでその度に苦労してすっかり氷の溶けたジンジャーエールを口に含んだ。
少しだけ机の上に残っていた酒と料理を片付けて店を出たのは夜の始まり頃だった。それなのに叩き起こされなんとか意識を保っている津守を、引き摺るようにしながら渡会が手を振って帰っていく。柳井も手を振り返しながら睦まじい親友を見送った。
櫻田と二人になると途端に場がしんとする。
「ごちそうさまでした」
支払いは柳井と渡会の二人でしたので櫻田が丁寧に頭を下げる。その仕草は普段と変わりがなくて柳井は一先ずほっとした。
「こちらこそ付き合わせてごめんね」
櫻田を促して車を停めた駐車場まで並んで歩く。まだ宵のうちといった時間だったけれど彼のアパートまで送って行こうと思っていた。半ば無理矢理に初対面の人間との食事へ連れてきたという負い目もある。しかしいまは離れていたいと思ったのも事実だった。
自分の感情が追いつかない。櫻田といると楽しいと思う。彼のはっきりとした性格を一緒にいて気持ちいいと感じる。けれどその感情に名前をつけられない。二人の関係に名前をつけられないのが、もどかしかった。
「大丈夫でしたか」
歩道のモザイクタイルを見つめて櫻田が言う。何を問われたのかわからなかったので柳井は首を傾げた。
「あのお二人を見てて、柳井さん平気でしたか?」
今度は少し強い声で訊かれる。想像もしない問いに柳井は意味を考えた。
櫻田はやはり津守の視線に気づいていたのだろうか。もしくはあの二人の醸す独特の雰囲気でわかったのかもしれない。
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