君の声

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アルコールと羞恥で顔を真っ赤にした彼女が喚く。雑談をするには大きすぎる声に周りが振り返った。手洗いを出てすぐのところで話をしていたので人目はそれなりにあった。 内容が内容だけに好奇の視線を感じる。失敗したなと顔を顰めるけれどもう遅い。今更彼女を人の少ないところに連れて行って話の続きをしたところで、余計良からぬ噂が広まるだけだ。 どうしたものか。 「どうかしましたか」 唸っていると、さっきまで煙草を蒸していた上司の声が割って入った。 「うちの柳井が何か失礼をしたでしょうか」 二人の間に体を入れるよう前に出てくれる。一歩下がった柳井は背の高い上司の後ろに隠れるような格好になった。 彼は庇うつもりではなく、これ以上騒ぎが大きくならないためのリスクヘッジのつもりだったのかもしれない。けれど柳井は不甲斐なさを見せつけられたようで、情けなさに泣きたくなった。 「柳井さんが、私を謂れなく批難されたので、抗議をしただけです。まるでセクハラを受けたようにおっしゃるから」 「そうだったんですね。それで気分を害しておられたんですか。恐縮ですが詳しく話を聞かせていただきたいので少し場所を移してもよろしいですか」 卒のない上司は周囲の視線を遮りながら巧みに彼女を人気の薄い非常用階段に近い廊下へ誘導した。 「こんな無礼ありませんよ」 上司と対峙した彼女は、途端眦を釣り上げてヒステリックに吐き捨てた。一方整った顔に落ち着き払った表情の上司は感情的な攻撃をさらりと躱す。 「柳井の言ったことはまったくの出鱈目だったということでしょうか」 「そうです。どうしてあんな嘘をつかれたのか、理解できません」 「ではそちらの上の方にも同席していただきましょう。一方的に話をすると後で問題になることもあります」 穏やかな物腰で上司が言ったにも関わらず、彼女は表情を強張らせた。視線が泳ぎ赤い唇を噛み震わせる。挙動不審な瞳が上司を見つめ、ちらりと柳井を見た。 「いいえ、結構です。私ひとりで、大丈夫です」 「そうですか。そちらの社長とは私も知らない仲ではないので大丈夫ですよ」 笑顔で宥めるように上司が取りなすと、彼女は更にひどく落ち着かない様子になった。どうしてだろうと考えて、妹でもあの社長は恐いのかと納得をする。それならばあんなことをしなければいいのに。
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