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「でも昨日、はっきりと物が言えている君を見て安心しました。もちろん時と場所は選んでもらいたかったですけどね。ただこれで君の仕事がよりよくなるんじゃないかと思います」
上司らしい見方で自分を評する朝倉を柳井はまじまじと見つめる。
「…ありがとうございます」
「いいえ、部下のやる気を引き出すのも私の仕事なので」
戯けたように言った上司はテーブルに肘を乗せて少し身を乗り出した。
「自分を卑下しないでください。過剰にでも過小にでもなく自分の能力を見極めてください。それが出来れば君は今よりもっとよくなります」
いいですか、と念を押されて柳井はただ肯いた。
こくりと首を動かす仕草は子どものようだと恥ずかしくなる。けれど上司の優しく力強い声が落ち込んでいる胸に詰まって、声を出したら泣いてしまいそうだった。
そうなることは予想していたのか朝倉は気にするふうでもなく筆記具を纏めると席を立った。
「まだ口をつけていないのでよかったらどうぞ。それを飲んだら出てきてください。他にこの部屋を使う人がいますので」
自分の手元に置いていた缶コーヒーをこつん、と柳井の前に置くと会議室を出て行った。
叱られたようで慰められた。封の開いていない缶を取り上げ弄びながら上司に掛けられた言葉を咀嚼する。
もしあの人の言うように柳井の中の何かがわかったのであれば、それは櫻田のお陰だ。彼の言葉や眼差しは常に柳井の中にあって指標のように正しい方向を教えてくれる。
会いたいなと思った。ただ会って顔が見たかった。
あの愛想のない少年のような男の子が恋しかった。
缶コーヒーを握った拳を額に押し当てるとため息を一つ、長くついた。
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