そして二人は

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凡そ一ヶ月ぶりの櫻田は相変わらず愛想のない顔をしていた。けれど腹を立てている様子はなかった。変哲のない櫻田に少しほっとする。 「顔が、見たかったんだ」 柳井が率直に告げると櫻田は顔を顰めた。それは彼のデフォルトなので怒っているわけではない。拒まれてはいないようだとわかって嬉しかった。 「元気ないですね。嫌なことでもあったんですか。また女の人に酷いこと言われましたか」 仕方がないなというようにため息をついた櫻田が柳井を見上げる。それだけで胸がどきどきとして、柳井はうんとだけ肯いた。 いつまでも見つめている柳井に焦れたのか、ちょっと待ってくださいと言い置いて櫻田が踵を返す。次に現れた彼はいつものやけに大きな鞄を肩に掛けていた。 「話聞いてあげます」 「…サークルはいいの?」 「同級生がいたので頼んできました。別に俺がいなくても今日の作業は進むんで大丈夫です」 「そう」 「…本当にどうしたんですか」 覇気のない柳井が気にかかるのか櫻田は眉を顰める。なんでもないよと柳井は彼の背を押して車を駐めたコインパーキングまで連れて行った。 促すと櫻田は抵抗なく助手席に座った。シートベルトを締めたのを確認して車を出す。隣に彼がいると意識するだけで落ち着かなかったけれど、頑張って運転に集中した。 「話があるんだ」 赤信号で停車した際にそう言うと、櫻田は緊張した面持ちになった。柳井の態度からあまりいい話ではないと読んだようだ。けれどどんな話をしたいのか、実の所柳井にもよくわかっていなかった。思うままを有り体に伝えればいいかなと開き直る。 大学から少し走ったところにある公営グラウンドの駐車場で車を停めた。野球のグランドがあるけれど今日はナイターで使用する人たちもいないのか他に車もなく静まり返っている。 メーターパネルのバックライトとエンジン音だけが響く車内で櫻田と向かい合う。 「話って、何ですか」 どんなに表情が強張っていようとも触れないでおくという選択肢のない青年が柳井を見据えて訊く。その力強い綺麗な色の瞳に見惚れながら柳井は顔を櫻田に向けた。 「実はこの間、取引先の人と揉めたんだ。女の人なんだけど俺の手とか触ってきて。それで止めてくださいって言ったら逆ギレされちゃった」 「…なんですか、それ」 「ね、仕事中になにしてんのって思うよね」
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