そして二人は

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「違いますよ。セクハラしといて指摘されて怒るって人としてどうかしてますよ。そもそも許可なく人に触ろうと思うのがどうかしてますけどね」 「櫻田くんらしい」 腹を立てるポイントが真面目な彼らしく柳井は思わず微笑んでしまった。そののほほんとした態度が気に食わないのか櫻田は視線を逸らして窓の外へ向く。 柔らかそうな毛先が少し伸びて襟足に掛かっている。まっすぐ伸びる首筋を目で辿られていることに気づかない青年は苛立ったように胸の前のシートベルトを掴んだ。 「今までの俺だったら手を握られても下心たっぷりに食事に誘われても、嫌ですって言えてなかった。笑って受け流して止めてくださいとも言えてなかったよ。でも今回は言えたんだ。なんでだと思う?」 柳井の問いに渋々といった仕草で櫻田が振り返る。軽く唇を噛んでから小さく首を横に振った。 「わかりません。怖いくらい人に嫌とか駄目って言わない柳井さんがそんなこと言うの、想像つきません」 「ん、俺そんなイメージなの?」 「そうですよ。初対面の大学生が理不尽なことを言っても怒らない人ですから。よっぽど嫌だったんですね」 「うん、嫌だった。腕掴まれて媚びた目で見られて、俺のことそんな軽い男だと思われているのがすっごく嫌だった。でね、真っ先に頭に浮かんだのが、櫻田くんのことだった」 この流れで自分の名前が出てきたことで櫻田は眉間の皺を深めた。この表情が見たかったのだと柳井は櫻田の顔を見つめる。 「櫻田くんだったらこんな時なんて言うかな。どうするかなってそればっかり考えてた。きっと嫌です止めてくださいって言うって思ったから、俺にも言えたんだよ」 「なんですか。それ」 「本当なんだ。君のことがずっと頭にあったから」 「…そんなこと、言わないで下さい」 「なんで?揉めてる間、ずっと櫻田くんがくれたハンカチお守りみたいに握りしめてたんだ。人に意見するのが苦手な俺のこと助けてくれてる気がした」 大きく開いた櫻田の瞳が潤んで、薄暗い車内にきらきらと光る。微かに震える唇に触れたかったけれど目を逸らして我慢した。 「俺ね、櫻田くんのこと必要みたい。隣にいてしっかりしなさいって叱って貰わないと駄目なんだ。子どもみたいでごめんね。でも、一緒にいたい」
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