そして二人は

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柔らかな粘膜を擦り合わせて、次第に口の中を探る動きは大胆になっていった。小粒な歯を一つ一つ確かめるように舐める。上顎の凹凸を擽ぐるとコートを掴む手の力が強くなった。 「ぁ、………ンッ」 櫻田の喉で籠るような声が漏れる。 静かな車内に実際以上大きく響いたその声はとても甘くて、いつもの彼からは想像のつかない艶かしさに柳井はすっと唇を離した。 いつの間にか体温が上がって呼吸が荒い。少し、彼に近づきたかっただけなのに。優しくしたい気持ちとは裏腹に、若い反応を返す青年を暴いてみたくて仕方がなくなっていた。 歯止めの効かない感情が怖い。こんな衝動を、柳井は知らなかった。 「ごめん」 「……いえ」 とろりと蕩けた櫻田の瞳が、歳下の男の子にいけないことをしたような気分にさせる。もういい大人の彼に抱くには失礼な罪悪感かもしれない。けれどまっすぐに澄んだ櫻田の眼差しがそんな感情を起こさせた。 熱を冷ますよう息をつきながら体を離す。弾みで眼鏡のフレームがかちゃりと金属音が鳴った。 「今日は眼鏡なんだ」 自分のシートに戻りながら呟く。昨日コンタクトのまま寝ちゃってと律儀な返事が返って来た。 「可愛い」 眼鏡を掛けた顔のことなのか、こんな時でもきっちりと返事をするところなのかはわからなかったけれど柳井の中で言葉通りの感情がとろりと広がる。顰めっ面の歳下の大学生が可愛らしくて愛しくて堪らない。 揶揄われたと思ったのか櫻田が柳井を睨む。そんな顔も可愛いというと彼は呆れた顔をした。 「どうしたんですか、急に」 「箍が外れちゃったみたい。締め直さないと」 笑いながらシードベルトを締め直す。性急にことを進めるつもりはないし、暗闇に駐めた車内は微かな明かりでも意外と目につきやすい。こんなところで躊躇いなく口づけた自分が柳井は信じられなかった。 恥ずかしくなって、車を出そうとシフトレバーに左手を置く。しかし直ぐにその手を縫い止めるよう捕まえられる。 「締め直さないでください。その箍、外したままでお願いします」 「え」 驚いて振り返ると顔を赤くした櫻田が怒ったように柳井を見ていた。けれど本当に怒っていないのは重ねられた手のひらの熱でわかる。しっとりと汗ばんだひと回り小さな手が彼らしい率直さで柳井への感情を伝えている。
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