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あれは、小学校三年生の夏休みだった。
保育園の頃からの幼なじみだったあたしと弟の君ちゃんと紫雨ちゃんは、なぜだか気が合っていつも一緒に遊んでいた。長期の休みはほぼ毎日と言ってもよかった。
「いいじゃん。夏休みなんだし。冒険だよ、冒険」
冒険という二文字は、小心者の浅丘姉弟の胸を激しく揺さぶった。ワンピースとかドラクエでしか聞いたことがない魅惑の響きだった。
夏の押し売りみたいに暑かった日、あたしと君ちゃんは紫雨ちゃんから『お化け屋敷』と呼ばれる校区外の空き家に行こうと誘われた。考える間もなく断ったあたしたちに、紫雨ちゃんは冒険という言葉で揺さぶりをかけてきたのだ。
実際は冒険というほど大袈裟なものでもないけれど、家や学校のルールを破らず真面目一徹で生きていたあたしと君ちゃんにとって、それは間違いなく冒険だった。
「そういうの不法侵入って言うんだよ」と頭の良い君ちゃんが、難しい言葉で止めようとしていた。「でも、俺たちまだ子どもだし、警察に捕まることはないんじゃない?」それでも紫雨ちゃんは引かなかった。
しばらく顔を見合わせて悩み、あたしたち姉弟はその日初めてルールを破ることにした。
罪悪感と旺盛な好奇心を胸に、紫雨ちゃんに続いて空き家に入ると、薄暗い一階の和室にぼろぼろの服を着たおばあさんがいた。のちに、あれはおばあさんではなく髪の長いおじいさんで、空き家を塒にしていたホームレスだと知るのだが、このときは本当にお化けだと思った。
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