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紫雨ちゃんが誰も好きになれないのは、セクシャリティの問題ではなくきっと過去のことが原因だ。
子どもの頃に、本来なら経験する必要のない苦痛を味わったのだから、心に傷を負って当然だ。実の母親にさえ愛をもらえなかったのに、人を愛す心が芽生えるはずがない。
堪え切れずに砂の上に膝で立つと、あたしは紫雨ちゃんの頭を胸に抱いた。
「あたしのこと好きじゃないのに、色々わがまま聞いてくれてありがとう。紫雨ちゃんがあたしのことをどう思ってようと、あたしにとってはずっと好きだった人と結ばれたことに変わりはないんだから。本当に気にしないで」
「……ありがとう」
お礼を口にすると、紫雨ちゃんはあたしの背中に腕を回し、強く抱きしめ返した。
腕の力が強くて痛いぐらいだったけど、このまま壊れてしまってもいいと思えた……のに。ぐぅぅ。
「あ、ごめん。お腹鳴っちゃった」
「ハハッ。腹減ったの?」
「うん。だって、卒業式終わってすぐ紫雨ちゃん家行ったから、お昼食べてないんだもん」
「そっか、ごめん。じゃあ、なんか食う?」
「食べる! 今日はあたしが奢ってあげる。あ。同情とかじゃないよ。あたしは合格祝いに花束もらったのに、紫雨ちゃんの就職祝いはできてなかったから」
「そういうことなら、お言葉に甘えるよ」
「よし、行こう」
どさくさに紛れて手を繋いだ。
大きくて厚みのある温かい手……今は彼の体温だけがリアルだった。
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