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予定外に転ぶと、痛みよりも先に驚きがやってくる。自分の身に起きたことを脳が処理するまで時間がかかるのかもしれない。膝から血が流れているのを見て、やっと痛みを感じた。
雨は空気を読んだりしない。ついたばかりの生々しい傷にも手加減なく降り注ぐ。「痛い、痛い」と呟くと一瞬雨が止み、落としていた視線の先に紺色の知らないナイキのスニーカーが見えた。
「もしかして、きいちゃん? 久しぶり。てか、大丈夫?」
声のする方を見上げた瞬間、視界が紫色になり体中の血が滾った。
幼なじみの紫雨ちゃんが、紫色の傘を手に立っていたのだ。紫雨ちゃんが紫色の傘なんてギャグみたいだけど。
「うそ……紫雨、ちゃん?」
同級生で同じ団地の棟違いに住んでいて家は目と鼻の先なのに、中学を卒業してから一度も会っていなかった。約二年ぶりの再会。
「爆イケじゃん……」
そりゃ心の声も漏れ出す。久々に見た紫雨ちゃんはやたらといい男になっていた。ドキドキするなと言う方が酷だ。胸の中で、褌を締めた勇ましい人が太鼓を叩いているみたい。凄まじい勢いに痛みすら感じる。
成長期の男子というものは変態するらしい。申し訳程度に面影は残しつつも、十センチ以上背が伸びているし、体格も髪型も顔つきもまるで変わっていた。
おたまじゃくしがカエルに変態するように、彼は少年から立派な男になっていた。
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