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叫ぶこともできないほど驚いて家を飛び出すと、三人は一目散に走った。怖いものが苦手なあたしは、焦る気持ちと走る速さが噛み合わず、足が縺れて転んでしまった。
「きいちゃん、早く乗って」
痛くて怖くて泣き出したあたしの前まで戻ってくると、紫雨ちゃんは背中を向けてしゃがんだ。狭くて頼りない、痩せた背中だった。背の高さも同じぐらいだし、足取りもよろよろしていて、乗っているのが怖かったけれど、ほんの数分前までただの幼なじみでしかなかった紫雨ちゃんをそのとき初めて「男の子」なんだと意識した。ある程度逃げ切るまで、あたしはずっと胸が苦しかった。
『恋』という言葉の意味を知ったのは、それから数年後だ。
「家まで送るから、早く乗って。風邪引くよ」
向けられた背中は、あの頃と同じ人とは思えないほど広く大きくなっていた。
「家までって、うち四階だよ? さすがにそれはちょっと……」
五階建ての古い団地には、エレベーターなんてハイカラな文明の利器は存在しない。いくら逞しくなっているとはいえ、それなりに重量のある女をおぶって四階まで階段で上がらせるのは、あまりに酷だ。あたし得でしかない。
「あー、そうだ。きいちゃん家、四階だった。じゃあ、うち来る? うち一階だし。うちで雨宿りすれば」
雨宿り。なんて魅力的でエロティックな響き。昔から紫雨ちゃんはあたしの心を揺さぶるのがうまい。
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