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第22話 上司の抵抗と親友の訪問
二人が関係を持った時から、奏は藤島からなんとか遠ざかろうと退社後に会うのを避けていた。
母からの電話が、有頂天だった奏の胸に戒めの杭を打ち込んだからだ。お前は、あの女と同じことをしようとしてるんだよ、と…… 。
藤島が例え形だけの既婚者だとしても、客観的に見れば今の二人は不倫カップルに違いない。
だから、最近はあまり行ってなかった腹話術の会にもわざと出席して、それを口実に用事があるからと誘いを断ったりして、藤島を避けていた。
しかし、奏に執着する藤島から逃れるのは難しい。
金曜日になると出先から、メールで×××まで△△を持って来て、と上司然とした指示を送って来る。
で、×××まで持参するとそのまま拉致され、予約してるからと食事に付き合わされ、藤島のマンションに連行される。
何より、奏自身が藤島に求められると拒絶できなかった。
その日も、なかなか社外では会おうとしない奏の部屋を藤島が尋ねて来ていた。
「支店長、お願いですから私たちが会うのを止めましょう。このままだと、仕事に差し支えます。私は会社に居られなくなります」
玄関で追い返すことに失敗した上に、お茶まで出している。相手は腐っても上司だからと自分に言い訳して…
「そうなったら、僕と一緒に暮らせばいい。僕は歓迎するよ」
「とんでもないことを言わないでください。それは、私が完全に支店長の愛人になるってことですよね。絶対お断りします」
「僕は君と浮気をしてるわけじゃない。本気だから一緒に暮らそうと言ってるんだ。君は愛人とか妻とかの言葉に異様にこだわって、その言葉を聞くと途端に険悪になる。だから、僕は触れないようにしてきたけど、一度きちんと話したいと思ってる」
「…… 」
奏が聞きたくないというように耳を塞いだ。
その手を藤島が両手で開く。
「いいから聞きなさい。世の中の結婚している夫婦が愛し合ってるとは限らない。籍に入っているからといって円満だとは限らない。
僕のように単身赴任をして、家族は居ないに等しい者もいる。離婚の同意もできている。後は離婚届を出すだけだ。僕が誰を好きになろうが一緒に住もうが何の問題もないんだ」
それを聞いて奏は首を横に振った。
「それは、あなたの言い分ですよね! 例え離婚が決まっていても、籍が抜けるまでは家族でいてあげるべきではないでしょうか」
藤島が身を乗り出し、奏の腕を掴む。
「だから、それは愛が残っている夫婦の場合であって、戸籍上だけの夫婦は、むしろ夫婦で居る方が不幸せなんだ。
僕たち夫婦のことを何も知らない君が、会ったことも聞いたこともない家族の気持ちを勝手に代弁して、僕の気持ちを否定しないでくれ」
藤島は頑なに二人の関係を罪悪のように考える奏に苛立っていた。
「そんなに、僕との関係が君を苦しめているなら、しばらく距離を置こう。それで君が楽になるなら、僕も諦める」
藤島はそう言うと、掴んでいた奏の腕を離した。押し黙っている奏に失望したのか、立ち上がると振り向きもせず出て行った。
失いたくない人なのに、自分だけの人にすれば自分が傷つく女、それが今の奏だった。
愛に真っ直ぐな藤島には到底理解できないだろう。
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