第22話 上司の抵抗と親友の訪問

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 ♪ピンポ~ン ♪ピンポ~ン ふいにインターホンが鳴った。  藤島が戻って来たのだろうか? 心臓が波打つ。  「はい」奏は恐る恐る返事をする。  「奏? 私よ」と聞きなれた凛とした声。  香織が訪ねて来たのだ。  「待って、今開けるから」  と言ったものの、涙でぐしゃぐしゃになった顔では、勘のいい香織に泣いていたことがばれてしまう。  急いで顔だけじゃぶじゃぶ洗って、ドアを開けた。  香織が家まで訪ねて来ることは珍しかったので、奏は悪友の顔色を窺いながら  「連絡も無しに、どうしたの? 何かあった? 」と尋ねた。  「何かあったのは、あなたでしょ? とにかく部屋に入るわよ」  「えっ。散らかってるけど… 」  奏の返事も無視して勝手に上がり込んだ香織がソファに座ると、出されたままになっている湯呑をチラリと見て、奏を振り返った。  「いろいろ聞きたいことがあるから、そこに座って」  来る途中で買ったと思われる手土産の洋菓子の箱をテーブルに置き、誰の家なのか分からないくらいに堂々と指示している。  逆に奏の方が小さくなって香織の前に座った。  「最近、連絡ないから気になってたの。奏って恋愛してる時とか、知られたら困ることがある時って、私に連絡してこないよね」  腕組みして奏の心を読むような眼差しで話し出す。  「そうだっけ? 」  「ふっ、よく言うわ。まぁそれはいいとして。で、友達思いの香織さんの方から出向いて来たんだけど」  「それはどうも有難う」と、とりあえず礼を言う。  「もう、人ごとみたいにお礼言ってんじゃないわよ。私、ここに来た時すれ違ったわよ、お宅の会社の支・店・長」  「えっ! 」  その言葉に奏が真っ青になった。  「上司がこんな時間に部下の部屋を訪れて、その部下は泣きはらして般若みたいな顔でドアを開けた。バカでも分かるわよ、あなた達の関係」  「般若って…… もういい。(ののし)るなり、(あざけ)るなり、好きなようにして」  奏は香織の辛辣な言葉を覚悟して俯いた。  「奏が初めから既婚者と分かっている人と付き合うなんて初めてだよね。今回は本気なんだね」  香織らしくない優しい言葉に耳を疑った。  顔をあげて確かめる。  香織が立ち上がって奏の横に座ると奏の頭を両腕で抱きしめた。  「好きになってはいけないと分かってても止められない恋は辛いよね。誰にも相談できずに苦しんでたんでしょ! 」  思いがけない親友の言葉に、それまで我慢してきたいろいろな思いがいっきに崩壊して、奏は感情に押し流されるように泣きだした。  「辛い時は、泣いて吐き出すのよ。我慢しなくていいから」  張り詰めていた緊張が解放されたせいか、繕うことも忘れて声に出して泣いていた。   散々泣いて、泣いて、泣きつかれた後、奏が立ち上がった。  「ごめんね、コーヒーでも淹れるから」  香織が買ってきてくれた洋菓子を口にする。  ほろ苦いコーヒーに香織チョイスのケーキは美味しくて少しだけ気が紛れた。  そのせいか奏がポツポツと藤島のことを話しだす。  黙って最後まで聞いていた香織が口を開いた。  「奏には気の毒だけど、もし支店長の話が本当だとしても相手には子どもがいるから親権だの養育費だの煩わしいことが控えている。離婚の話が嘘だとしたら、彼の奥さんに慰謝料を請求されるかもしれない。  例え夫婦仲が破綻していたとしても、他の支店や本社に戻れば、奏ともサヨナラバイバイで縁が切れる。下手したら新しい赴任先で、新しい恋人を作ることも考えられる。 支店長とこのまま付き合うのは奏にとってリスクが大きいよね。へたしたら会社に居られなくなる。それでも別れられないなら、行き着く所まで流されてみるしかないね」  奏がこっくりと頷いた。  「ありがとう。この先どうするか、しっかり考えてみる」  「そうね、奏が決めるしかないけど、その決定がどんな形でも、私は応援するから」  そう言いながら、香織は奏の手に両手を重ねた。
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