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奏が給湯室でお茶を入れていると、長谷部が湯呑を持って入って来た。
気がついた奏が、私のを淹れるついでだから一緒に淹れましょうか? と声をかけた。
「ありがとう、じゃあお願いします」
と微笑んで、彼女が自分の湯呑を差し出す。
お茶の葉を入れ替えたばかりだったので、給湯室に緑茶のいい香りが漂っている。
「最近の子はコーヒーばかりで、お茶を飲む人が少ないのよ」
と奏が年寄りみたいに言いながら湯呑の7分目くらいにお茶を注いで長谷部に渡す。
「こんな派手な格好してるけど、私は日本茶派なの」
「私も会社では断然、日本茶」
クスっと笑い合って、立ったままその場でお茶をすする二人。
こういう時って不思議な連帯感が生まれるものだ。
「村瀬さん、今度一緒に飲みに行きませんか? 」
唐突な長谷部の誘いに驚いた奏だったが、彼女ともっと親しくなりたいと思っていたので二つ返事で承諾した。
「なら、早速だけど明日あたり、どうかしら? 」
幸い、何の用事もない。
「えぇ、明日、大丈夫よ」
こうして、とんとん拍子に話が決まった。
香織以外の女性と二人で飲むのは珍しいことだ。
翌日、会社の玄関で待ち合わせてタクシーを拾う。
「私、あまりお店を知らないんだけど、長谷部さんは詳しそうね」
「そうね。私は一人でも飲みに行く人だから、任せてちょうだい。とはいってもオシャレな店より、居酒屋が多いんだけど」
「いいわね。私も居酒屋は好きよ」
「なら、決まりね」
わりと気が合うことに気がついた。こんなことなら、もっと早く友だちになれば良かったと思う。
タクシーを降りると長谷部に「こっちよ」と腕を引かれて店内に入った。
「エミちゃん、いらっしゃい。いつもの席、空いてますよ」
すぐにスタッフが親しげに声をかけてくる。常連さんらしい。
奏が好き嫌いはないと言うと、長谷部が自分のお勧めを一通り注文して、先に運ばれたビールで「お疲れさまぁ! 」と言って乾杯する。
「私って人見知りするっていうか、友達になるのにすっごく時間をかけるヒトなの。でも切っ掛けさえあれば、村瀬さんとは友だちになれると思ってた。あなた、スタイルがいいからもっとおしゃれを楽しめばいいのに。帽子とか、似合いそう」
おしゃれにはこだわりがある二人だけに、ファッションの話で盛り上がる。こんなに気が合う人だったんだと驚きながら、奏も気分よく女子会のノリで話が弾んだ。
「それでね」と、長谷部がいきなり言葉のトーンを変えてきた。
「えっ… 」奏が驚いて彼女の顔を直視する。
「今日誘ったのはね。あなたのことが心配だったからなの」
ドキンと奏の心臓が跳びはねた。
「えっ、何のこと? 」
「いきなりでごめんね。私、知ってるのよ、あなたと支店長のこと… 」
跳びはねた心臓は、もはや着地に失敗するかと思われた。この後の彼女の言葉が恐ろしい。
「…… 」
何と答えればいいのか分からず、黙ってしまう。
「誰にも言ってないから安心して。私にも経験があるから、村瀬さんの辛さがよく分かる。天国と地獄が波のように交互に押し寄せてくるよね」
これは不倫を指摘しての言葉。長谷部は奏の気持ちを代弁してくれていた。
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