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第44話 プロポーズ
「君のマンション、ナビだとこの辺りだよね」
藤島がスピードを緩めて、辺りを見回している。
「あっ、次の角を左に曲がって2つ目のマンションです」
「わかった」
藤島はチラリと奏を見てから言われた方向に車を進めた。
「駐車場に止めてもいいのかな? 」
「3番に止めてください。そこはゲスト用なので、管理人さんに声をかければ大丈夫です」
「よかった。早く行こう」
そう言って、サッサッと車を止めてエンジンを切った。
「部屋は何号室? 」
「301号です。待って、そんなに急かさないでください。これでも妊婦なんですよ」
「あぁ、申し訳ない。おいで、手をつなごう」
藤島が奏の手を握るとゆっくり歩き出した。
奏が部屋のドアの鍵を開け中に案内すると、藤島はぐるりと見回して広さを確認している。
「ここ、3DK? 」
「いえ、3LDKです」
奏が答えながらも、まさか人が訪ねて来るとは思いもしなかったので、『初めての出産』『一人で育てる育児』などというハウツー本をテーブルに出したままにしてたのに気づいて、慌てて隠した。
「一人で住むにしては広過ぎやしないか? 」
「子どもも生まれるし、出産後は美也子さんが泊まりに来てくれることになってるから、広い方がいいと思って」
「実のお母さんは亡くなったって野村さんに聞いてたけど、美也子さんがお世話してくれてるんだね」
「そうですね、いろいろありましたけど今はありがたいと思ってます。あっ、立ってないで座ってください。お茶でも淹れますから」
奏が台所で電気ポットのスイッチを入れた。
まさか、藤島を部屋へ迎える日が来ようとは想像だにしていなかったので、ふわふわと足が地に着いていないような変な感覚に見舞われていた。
気づくと藤島が後ろに立って奏をバックハグしてきた。
「奏、本当に本当に会いたかった」声が切ない。
初めは驚かせないようにゆっくり優しく腕を回したが、最後は一分の隙間もないほど身体をぴったりくっつけている。
「お茶は後でいい。今は君が欲しい。会った時からずっと我慢してたけど、もう限界だ。ベッドに行こう」
奏はしびれていく感覚を抑えつけて、頭を藤島の胸元に押し当て、あごを上げて下から見上げた。
「待って…… ここで抱かれてしまったら、私はもうあなた無しで生きていけなくなります」
その言葉を聞いた藤島が「それは僕だって同じだ。このままでちょっと待って」と微笑む。
それから、右腕を奏から離しポケットから何やら取り出して、奏のお腹の下で両手で何かしている。
奏には張り出したお腹のせいで何をしているのか分からなかった。
やがて藤島の動きが止まり、左腕が奏の腰に戻る。
と、突然パペットをはめた右手が奏の目の前に現れた。
「えっ! 」
それは紛れもなく、奏が作って藤島にあげたあの男性パペットだった。
そのパペットがしゃべりだした。
「村瀬奏さん、僕と結婚して家族になってくれませんか? 」
へたくそだが声も腹話術っぽくなっている。しっかりプロポーズの格好もできている。
「えーっ、練習したんですか? 」
驚いて、プロポーズの返事より先に質問をしてしまっていた。
「うん、いっぱい練習したよ。君が通っていたあのクラブでね」
藤島の嬉しそうな返事に、奏が今にも泣きそうな顔で振り向いた。
それから両腕を彼の首に回すと背伸びをしながら耳元に顔を近づける。
「藤島響希さん、、、こんな 、私で宜し、、ければ、喜んで、、、家族になります」
感極まって、言葉が途切れ途切れになっていく。
「うん、家族になって幸せになろう」
藤島も奏の耳元で囁き返した。
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