第12話

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第12話

 弔事でハイファとシドだけにかまけていられないほど忙しい筈の使用人は、それでも誰よりハイファが優先順位一位らしく、そそくさとおやつの準備に出て行った。 「ハイファ、お前ちょっと横になってろよ」 「ん、そうだね」  素直に頷いたハイファはシドとリモータリンクでキィロックコードを移植してから制服の上衣を脱ぎ、ホルスタごと重い銃を外すとツインの奧のベッドに横になった。  ミテクレよりタフなのは知っているが昨日の今日で、おまけに極寒の楽屋裏で様々な過去の葛藤もあっただろうに、弱さや動揺など決して見せない大人の態度を押し通し抜いた。  立場的にも微妙な筈なのに欠片も媚びず堂々とした物言いは小気味いいくらいで、誇らしい反面シドは張り詰めた糸の如き緊張を察して心配だったのだ。  スパイ稼業で鍛えられたペルソナは簡単に剥がれるものではなく、鉄の胃袋は穴が開くほどヤワではないだろうが疲れきっていて当然だ。  シドは窓際にあった座面と背凭れがゴブラン織りの椅子を移動しようとし、これも天然木材で想像よりも重たかったのをゴリゴリと引きずってくる。  そうしてハイファが見える位置に陣取った。見飽きることのないテラ本星よりも枕元に銃を置いたハイファを再び見つめる。横に流した金髪のしっぽに触れたかったが我慢だ。  リモータに目を移すと通夜まであと八時間もあった。こうなるのだったら別室から送られてきたチケットを数便遅くする手続きをして、自室でギリギリまで寝かせてやっておくのだったと少し後悔する。なさぬ仲の家族はともかく赤の他人までがここまで風当たり厳しくハイファを責めるとはシドの予想を遙かに超えていたのだ。  じっと眺めていると二ヶ月ほど前を思い出す。この自分を庇い、一度は本気で死んだと思ったハイファが何とか一命を取り留め、培養移植も成功して再生槽から引き揚げられ、ベッドで眠っていた間ずっと寝顔を見つめていた日々を。  あの時シドには考える時間が腐るほどあり、出した答えがハイファの想いに応える一世一代の告白だったのだ。  やがて部屋の何箇所かに埋まった音声素子から遠慮がちなエレアの声がした。ドアまで立って開けてやるとエレアは静かに入ってきて壁に作り付けられた貨物エレベーターを開ける。そこには二人分の荷物と茶器の載った銀のトレイが載っていた。  二人分の荷物の官品バッグはシドが出し、エレアはハイファを起こさぬようテーブルの上に手早く茶の支度をする。湯気と共に紅茶の香りが広がった。 「坊ちゃまの分は保温機に入れておきますので、お願いしても宜しいでしょうか?」 「いいですよ。旨そうなパイですね」 「ミンスミートパイ、ハイファス坊ちゃんの好物なんです。季節外れですけれど是非召し上がって頂きたくて。あと、このお時間ですが昼食はどういたしましょう?」 「どうせ十九時からは殆ど食えないでしょうから十五時か十六時くらいに……って、忙しい時にそこまでお世話になってもいいんですかね?」  そう訊くとエレアは本当に可笑しそうに笑った。 「いやですよ。ここにいらっしゃる方にお食事も差し上げないなんて、そんな」  それを聞いてどうやらこのエレア小母さんもハイファ社長支持者らしいと察する。 「それでは坊ちゃんを宜しくお願いしますね」  真剣な色を目に浮かべ、シドの手を握らんばかりにしてエレアは出て行った。 「大変だな、御曹司」 「まあね。『こんな風に生まれついたのは僕のせいじゃない』なんて考えはとっくに捨てちゃった程度には大変かも」  幾ら馴染みの人間でも室内に他人が入って暢気に眠っているようではスパイ稼業は務まらない。起き出してきたハイファの目的はお茶とパイのようだ。シドが二人分の荷ほどきをしてスーツ類をクローゼットに掛ける間に保温機から茶器類を取り出す。 「ねえ、お茶が冷めないうちに食べようよ」  椅子に向かい合って着席するとティータイムだ。 「洋酒漬けか、中身のフルーツとナッツは」 「うん。元々は保存食だったらしいよ。クリスマスに合わせて二ヶ月くらい前に作って寝かせておいたりするんだって。でも美味しいものは美味しいからいいよね」 「なるほど、それで『季節外れ』か。スパイスが効いてるし結構、腹に溜まるな」  昼食を遅くして正解だったようだ。 「食ってる時に訊いて悪いんだが、それでお前はどうするんだ?」 「取り敢えずお通夜の前にメッテルニヒの状態を見たいな。見える範囲で何かの痕跡がないかどうかだけでも。僕に分からなくてもシドなら何か気付くかも知れないし」 「検視官の資格は持ってねぇが、それこそ場数は踏んでるからな。お前もだろうが」 「あんまり僕自身は手を下したりしないもん。だからシドが頼り」 「頼りにされちまったか。一応、埋葬許可に必要な書類は揃っているんだろうが」 「お抱え医師のそれは信用ならない。ですよねー」  本当はシドが『訊いて悪いんだが』と言ったのは社長問題だった。それくらいハイファが悟らない筈はなかったが、本人が避ける話題に食い下がっても仕方がない。 「じゃあ社の大ホールに行ってみるか。でもお前、躰は本当に大丈夫なのか?」 「うん、ばっちり。これ食べたしね」 「いわゆる『お袋の味』ってヤツか」 「そんなとこかな。僕もシドと似たようなもので実の母親の顔も殆ど覚えてないんだよね。きっと今、会ったって分からないと思う。まだ四歳だったから」 「そうか。俺の家族が宇宙で吹っ飛ぶより二年も早かったんだな。けどさ、お前の親父さんならポラの一枚くらい持ってるんじゃねぇのか?」 「まあ……そうだね」  生きている実父の話題にハイファは僅か表情を硬くする。自分の側から話したいから時間をくれと言っていた。おそらく話の内容は穏やかな思い出話ではあるまい。  微妙な表情の変化に気付きながらシドは殊更明るい声を出す。 「まあ、まだ始まってもいねぇんだ、焦ることもねぇさ」
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