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第13話
大ホールで忙しく立ち働くファサルートコーポレーションの従業員たちの前で、司法警察職員と情報軍人は遠慮なく棺の蓋を開けた。とはいえ棺は壇上なのでご遺体を見せる訳ではない。二人にそんな悪趣味の持ち合わせはなかった。
白百合の大群に囲まれた蝋人形の如き顔色の老人はオーダーメイドの濃紺のスーツを着せられ、胸の上で両手を組んでいる。晒されているのは顔と両手のみ、それだけの部位に何かを見つけようと二人は目を皿のようにして眺めた。
リモータは嵌めたままで故人の生きた足跡が凝縮されたそれは、星系政府の統轄するID履歴に一部が送られ、ファサルートコーポレーション会長としての業務上の必要事項は外部メモリに保存され、次にその椅子に座る者のリモータに移植される。
今は全ての機能がロックされているそれは立場上であろう、さすがにかなりの上位機種で、それも護身用スタンレーザー搭載型だった。
上品ながら宝飾品で飾られたそれを観察しつつシドは戯れに思いつきを口にする。
「俺もそのうち別室から特製リモータが送られてくるんじゃねぇかドキドキだぜ」
「あ、でも本当にそうなるかも知れないよ? 追尾システム、トレーサーがついてるからMIA、ミッシング・イン・アクションって任務中行方不明になっても探して貰いやすいし、KIAの時も同じく見つけて貰えるかもだしね」
「KIAってのは何の略だよ?」
「キルド・イン・アクション、任務中死亡」
「けっ、余所の組織に死体にされて堪るかよ」
「気持ちは分かるけど実際、別室戦略・戦術コンのアクセス権限付きで便利だよ?」
「俺のこれだって惑星警察の官品、着けてるだけで職場がバレるような借り物ばっかり二つも要らねぇよ。大体、今回だって、何で俺が別室員みたいな真似を――」
愚痴りながら老人のこわばった腕に装着されたリモータをもっとよく見ようと袖を上に引っ張った。すると体液が全て下に下がって緩くなったリモータがずれて動く。
「おい、これ見ろよ。医者は幾ら貰ったんだろうな?」
「あっ! これを吹き出物っていうには無理があるよね」
丁度リモータに隠された肌の部分に赤斑ができて、周囲は小さくかさぶた状になっていた。元は水疱だったのが乾燥したらしい。時間的に経過しすぎていて検視官でもない二人に断言はできないが、それは多分熱傷だと思われた。
それも赤い部分の状態から、たぶん生活反応アリとシドは見立てる。その後の乾燥具合は死んでからのようだ。
「生きてるうちにこの赤斑はできて、死んで乾燥し水疱も水疱ではなくなった。つまり赤斑ができると同時に水疱になったが、その過程で死に至った訳だ」
「じゃあ、この赤いのが死亡原因てこと?」
「心臓発作で死にかけの最中に偶然吹き出物が現れたんでなければ、おそらくな」
ハイファは老人のリモータを外して裏側の肌に触れる部分を見る。目を凝らすと中央部が僅か盛り上がって、ごく小さな針より微細な穴が開いているのが確認できた。シドにも見せる。
頷いたシドは赤斑を中心に腕の裏側も観察したが他に変化はない。
水疱が乾燥した赤斑やリモータの微細な穴に、その他の変化なしと思える部分まで全てポラで撮り、ハイファは上空の軍事通信衛星MCS経由で別室戦術コンへ分析に回す。送り終えてから再度、外したリモータを二人で眺めてみた。
「回路はショートしてないね。それならメモリに移すとき誰かが気付く筈だから」
「そうだな。たぶんスタン搭載型だったのが徒になったんだろ」
「スタンレーザー? もしかして電圧利用したとか」
「良くできたな。スタン用電圧を周囲機能には障りがないよう一点集中させて、裏側から発するアプリを何処かで仕込まれたんじゃねぇか? 感電死特有の枝状赤褐色死斑はないからな、歳も歳で弱ったところに瞬間的なマクロショックで心室細動を起こさせた殺人だ」
鋭い視線をシドはハイファに向ける。
「司法解剖モンだぜ。通夜だの葬式だのじゃあなくなっちまうがどうする?」
「今、上に伺いを立ててる。別室見解は……きたよ。【引き続き任務続行、告発するにあらず】だってサ」
「お前な、こいつは殺人だぞ!」
「しっ、声大きい。ここで百四十二歳の老人を解剖するより他にもっと大事なことがあるでしょうが。そんな危険なプログラムが存在するなら犯人を突き止めなきゃ」
刑事のシドには容易に呑み込めない事態となる訳だ。
「くそう……納得しかねるが仕方ねぇ、マル害を増やす訳にもいかねぇってか」
「分かってくれたなら嬉しいな」
「ふん、スパイは別室任務優先か……って、【疑惑解明】までが別室任務だろ? なら【疑惑】は『殺人』だって知れたんだ。任務終了じゃねぇのかよ?」
割と本気でシドは言ってみたのだが、別室員は一蹴する。
「ケチ臭いこと言わないでよ。【メンバーに不審死が相次ぐ】って書いてあったじゃないのサ。その【疑惑解明】だから捜査続行。テラ連邦エネルギー財団のメンバー二十二人中六人が死んでる。これで七人。それ以上はテラ連邦の沽券に関わるからね」
「そのアプリをいつ誰がどうやって流し込んだのか、俺たちに追えってことだな」
「うーん、それは、たぶんね」
「何だよ、たぶんって曖昧な命令は。しっかりしろよ、別室員」
突然、一本の発振で似非別室員である。シドが文句を言いたい気持ちもハイファは理解していたが、ここで一抜けされるのも淋しいので、ハイファは内情を小出しにした。
「僕らの任務は一点を追ってても、往々にしていつの間にか裾野が広がってることが多いんだよ。それこそ曖昧だけど疑念がある場合、わざと室長はどうとでも取れる命令を寄越してくる。僕ら別室員はそれを『裏命令』って呼ぶけどね」
いかにも『裏命令』なんか知るかといったシドの流し目にハイファは言い募った。
「今回の【疑惑解明に従事】っていうのがそれに当たるかどうかは、まだ分からないけれど、シドだって連続殺人を放っておけないでしょ、刑事でしょ、それも熱血の」
「持ち上げても何も出ないからな、昨日出し過ぎて」
大真面目な顔で言いつつしぶしぶシドはリモータを死者に着け直す。
「管轄外だが、確かに殺人は殺人だ。仕方ねぇから追ってやる」
「わあ、ありがとう! ってゆうか、それしかないよねえ、こんな所まで来ちゃったんだし。でもエネルギー財団なんてとこに貴方はどうやって調べを進めるの?」
「まずは故人の鑑、いわゆる人間関係だな。今日の通夜と明日の葬儀の参列者に事情を聞く。あのお前に嫌味を垂れてた連中だ。それと使用リモータへの注意喚起。こっちが重要だがしかし七人も死んで、よくも騒ぎ出す奴がいなかったもんだな」
普通の感覚とは思い難い。
「殺されるほどの恨みを買ってたなんて、こういう業界でそういう立場の人間は、そうそう言えないものなんだよ。簡単に株価まで下がっちゃうんだから」
「ふうん、株価なあ。派手な殺しのマル害に見えねぇのも都合がいい上、皆さん名士で金持ち故に手軽に検案書の内容も左右可能と。『死因・隠蔽体質』って書いとけ」
「的を射てるかもね。でも貴方こそあんまり派手に動かないでよね」
「何でだよ、死因は隠蔽体質なんだ。逆に派手に動いた方が炙り出せるぜ?」
自信ありげという風でもなく、淡々と言ってのける辺りがシドらしい。
「根拠がありそうで全くないのが怖いなあ。やっぱり心配、イヴェントストライカ」
「うるせぇ。引き込んだのはテメェらだ、俺は俺のやり方でやる。文句があるなら俺じゃなくて別室長に垂れてくれ。それと俺は黙ってれば地味で張り込み向きだぜ?」
「ああ……まだ自分を客観視できずにいるんだね。それとも目を背けて――」
ハイファの独り言を聞き流してシドは棺の蓋を閉め、社員たちから浴びせられる視線に構わず祭壇を離れて舞台上から飛び降りた。
ハイファは慎重にスロープを下る。
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