六.

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六.

「この村は、陰豊(かげとよ)村と言います……」 窓越しに、助けてもらった礼を伝え、(おび)えながら何度も早く帰るよう声を(しぼ)り出す彼女をどうにかなだめ続けること一時間、ようやく(あきら)めたのか、女は語り始めた。 話の途中、感情の(たか)ぶりを表すかのように、身体のどこかしらが何らかの生物へと変形しては戻った。 僕ら二人を(へだ)てる半分も開かない窓からは、昨日僕が落ちた崖がちょうど見えている。 初めて見る外の人間が珍しくて眺めていると僕が落下し、彼女は思わず変形を繰り返し窓の隙間(すきま)から滑り出て、僕の所へと飛んで来たのだそうだ。 「陰豊(かげとよ)村は、古くから国の為政者(いせいしゃ)や各地の豪族へと作物を献上(けんじょう)し栄えて参りました。 現在でも表には出回らぬ幻の秘宝と(しょう)され、一部の特別な方々にのみおもてなしさせて頂いております」 「あぁ、それでなんかお金持ちっぽい感じだったわけね」 村の邸宅や村長の高級外車を思い出す、が、 「村の土地が豊かで天災にも見舞われず健やかに守られているのは、山に私のような『糸巫女(いとみこ)』を(ささ)げ続けているからです」 ふいに話の雲行きが怪しくなってきた。 「糸巫女は幼い時に『糸抜(いとぬ)き様』に選ばれこの社に入ります。 そして九九九九の動植物の糸を取り込むと山へ身籠(みごも)られ、その九九九九の能力をもって村を守り、糸抜き様は次の糸巫女を選びます。 私も、もう少しでその時が」 と口ごもった彼女の体が溶けるように崩れ始め、人間の首を残して全身が粘液を(まと)った軟体動物のようになり、床をぎぎぎっと引っ()(きし)ませた。
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