十一.

1/1
前へ
/14ページ
次へ

十一.

昨日、社に入ってから、僕は彼女にあの不思議な糸や糸抜き様について幾つか(たず)ねた。 非現実的ではあれど、僕が目撃したものは、 「彼女がセンザンコウから糸のようなものを抜き取ると、センザンコウは倒れ、その糸を喰った彼女はセンザンコウの能力を得た」 というような、論理的で合理的な現象だった。 ならば論理的で合理的な解を模索する事は可能なはずだ。 まず、『糸』とは何か。 「糸は、生命そのものです。 生物とは本来、糸巫女が触れていない限り普通の者には見えない糸であり、生物はその糸の持つ情報に最適な『(から)』を得て現世に顕現(けんげん)しているのです」 つまり糸は遺伝子、もしくは、非科学的な言い方で気に入らないが、(たましい)、のようなものか。 「では、君が君自身の糸を抜くと……」 「私は糸を失い、元の()(がら)へと戻るでしょう」 「『糸抜き様』に選ばれた『移乗』の時、君は糸抜き様を見た?」 「……はい……。 前の糸巫女が『身籠(みごも)りの()』で埋められた地中から、一本の万色(ばんしょく)に輝く糸が()い出してきて、それがふいに飛びかかり私の額に突き刺さり、私の中へと入り込んだのです。 その瞬間から、私は万物の糸が見え、触れられるようになりましたから……あの糸が糸抜き様に間違い無いかと……」 なるほど、糸抜き様自身、糸の姿をしているのか。 ならば……。 「では今、糸抜き様は、見える?」 「それは……」 彼女は自分の額に手を当て、何かをつまむような仕草を見せると、その指先に現れた、複雑に光輝く彼女自身の糸に目を()らした。 が、すぐに彼女は指を開き、うつむいて首を振った。 「私自身の糸と(から)み合っていて……」 「でも、溶け合って一体化してるって感じじゃ無かったね。 あともう一つ、抜いた糸を元に戻せば、抜け殻はまた生き返る?」 「はい……。 しかし一息つくほどの時間を置けば、糸は世界に溶け込んで消失してしまいます」 「多少のリスクはやむを得ない、か……」 (あご)に手を当て考え込む僕に、 「あの、一体何を……」 女は不安げな上目遣(うわめづか)いを向けた。 「うん……もう一度、君の糸を見せて」 僕は(わず)かに震えている彼女の手を取り、その細く長い指に僕の指を重ねた。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加