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十一.
昨日、社に入ってから、僕は彼女にあの不思議な糸や糸抜き様について幾つか尋ねた。
非現実的ではあれど、僕が目撃したものは、
「彼女がセンザンコウから糸のようなものを抜き取ると、センザンコウは倒れ、その糸を喰った彼女はセンザンコウの能力を得た」
というような、論理的で合理的な現象だった。
ならば論理的で合理的な解を模索する事は可能なはずだ。
まず、『糸』とは何か。
「糸は、生命そのものです。
生物とは本来、糸巫女が触れていない限り普通の者には見えない糸であり、生物はその糸の持つ情報に最適な『殻』を得て現世に顕現しているのです」
つまり糸は遺伝子、もしくは、非科学的な言い方で気に入らないが、魂、のようなものか。
「では、君が君自身の糸を抜くと……」
「私は糸を失い、元の抜け殻へと戻るでしょう」
「『糸抜き様』に選ばれた『移乗』の時、君は糸抜き様を見た?」
「……はい……。
前の糸巫女が『身籠りの儀』で埋められた地中から、一本の万色に輝く糸が這い出してきて、それがふいに飛びかかり私の額に突き刺さり、私の中へと入り込んだのです。
その瞬間から、私は万物の糸が見え、触れられるようになりましたから……あの糸が糸抜き様に間違い無いかと……」
なるほど、糸抜き様自身、糸の姿をしているのか。
ならば……。
「では今、糸抜き様は、見える?」
「それは……」
彼女は自分の額に手を当て、何かをつまむような仕草を見せると、その指先に現れた、複雑に光輝く彼女自身の糸に目を凝らした。
が、すぐに彼女は指を開き、うつむいて首を振った。
「私自身の糸と絡み合っていて……」
「でも、溶け合って一体化してるって感じじゃ無かったね。
あともう一つ、抜いた糸を元に戻せば、抜け殻はまた生き返る?」
「はい……。
しかし一息つくほどの時間を置けば、糸は世界に溶け込んで消失してしまいます」
「多少のリスクはやむを得ない、か……」
顎に手を当て考え込む僕に、
「あの、一体何を……」
女は不安げな上目遣いを向けた。
「うん……もう一度、君の糸を見せて」
僕は僅かに震えている彼女の手を取り、その細く長い指に僕の指を重ねた。
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