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十二.
外科医は手先が器用であることが第一条件だ。
『だから、もつれた糸を解くのが得意な人は外科医に向いてるよ』
幼い頃、外科医である父親に聞き、なら自分も外科医に向いてるな、と思ったのを覚えている。
「で、彼女の手を取り誘導しながら、もつれ合っている彼女自身の糸と糸抜き様の糸を丁寧に解き、最後に一瞬だけ彼女から糸が抜けましたが、すぐに戻したのでこの通り、彼女は生きております」
「そして同時に抜いた糸抜き様の糸をお前が喰った、ということだな……!」
憎々しげに村長が僕を睨み、立ち上がった若い男がその横に並ぶ。
「くそ、どうすんだよ!」
「いや……糸抜き様はまだそこにあるということだ。
となれば……!」
「あぁ!こいつを殺って、また糸巫女に戻す!」
若い男が、腰に下げていた皮帯から手斧を滑り出し握り締め、僕へと飛びかかってきた。
「ってなると思ってましたよ。
さぁ」
「はい」
僕は逞しい獣の腕に変形した左腕で彼女を抱きかかえ、振り下ろされた手斧を鱗の鎧の右腕で弾き飛ばすと、両足を鹿のそれと成し窓際に駆け寄り、勢いそのまま、窓を破って戸外へと飛び出した。
「待ちやがれ!」
「逃がすな!」
社に残された二人が悪鬼の形相で追い迫る。
僕は後退り、崖の縁を背に立った。
「こんな力があるから、こんなことになるんです。
もうここで、終わりにしましょう」
人の姿に戻り、彼女と手を握り合い、重ねた指先で僕の額に触れた。
「な……やめろ!
何をする気だ!」
「落ち着け!
金か?
金ならいくらでも出す!
一生分だ!
だから糸抜き様は我々に返せ!
たった一人の犠牲でみんなが豊かになれるんだ、素晴らしいシステムじゃないか!
早く!」
二人の叫びが対岸の崖に反射して不快なこだまを返す。
ならあんたがやれよ、と口を開きかけたが、傍らの女が僕を制するように僅かに前に出た。
悪鬼二人がまた浴びせかけてくる罵詈雑言に、女はうつむき震えていたが、しかし意を決したように大きく息を吸い込み顔を上げると、
「お終いです」
凛とした声を響かせた。
それを合図にするように、僕は彼女と共に自分の額から一本の糸を引き抜き、抱き合って崖下へと身を躍らせた。
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