10人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
二.
僕をそっと解放した影を振り返ると、それは大きな焦げ茶の翼を広げた若い女だった。
あまりに非現実的な状況に、呆然とし過ぎて逆に冷静に彼女を眺めている自分がいた。
女は白い浴衣を胸元をぎりぎり隠す辺りまではだけ、背を露出させ、その背から片方だけで三メートルはありそうな翼を揺らしていた。
が、僕の視線から逃れるように女は一歩二歩後ずさると、
「どうしてあのような場所に」
かすれた低い声でつぶやいた。
その腕……は、あれ、さっきは何かクマのような手触りと力強さを感じたんだけど、気のせいか?
二十歳か少し下ぐらいに見える女の両腕は、浴衣の袖口からその顔に似合ったか細さですらりと伸びていた。
「いや、本職は医者、と言ってもまだ研修医なんですけどね、ロッククライミングとサバイバルとレア生物ハントが趣味なもので……」
こちらからも聞きたいことは山ほどある中、混乱して妙な答えになった気がする。
女は首を傾げてうつむき、
「ごめんなさい……私のことはお忘れになって、もうこの辺りには近付かないで」
言い残すと翼を強く羽ばたかせ飛び立った。
「え、あ、待っ……」
だが、女はあっという間に深い木々の枝葉に遮られて姿を消した。
「何だったんだ……」
翼の生えた謎の女に、あれこれと思惑を巡り巡らせる。
そして僕は、
「あっち側の崖、どこからか行けるかな……お礼も言い忘れたし」
完全に彼女に心を奪われていた。
最初のコメントを投稿しよう!