三.

1/1
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

三.

落下時にピッケルを失った僕は、翼の女の現れた崖の中腹をトレッキングで目指すことにした。 数時間後、山を大きく回り込み、豊かな田畑の広がる集落へと辿り着いた。 「こんな山奥なのに、すごいな……」 険しい山々に(はさ)まれた平地に、緑の穂をいっぱいに輝かせる田んぼ、その周囲には桃、ブドウ、柑橘(かんきつ)などの果物がたわわに実り、僕の所までほのかに甘酸っぱい香りを(ただよ)わせている。 その合間合間には、邸宅、とでも呼ぶような大きな屋敷が数軒見受けられた。 と、 「これは珍しい、外からのお客様ですね」 その邸宅の一つの庭先から、一人の中年男性が顔を出し、僕に笑みを送った。 「こんにちは。 えと、すみませんが……」 ちょうどいい所にと、さっきの女のことを(たず)ねようとした。 が、その男性に続きどこからともなく集まり始めた数人の男たちが、同様に笑みを浮かべながらも遠巻きに僕を眺める。 何か背筋のざわつきを覚え、 「ちょっと……あの辺りに棲息すると聞いた珍しい鳥を探しておりまして……」 翼の女が現れたであろう山中を指差しながら曖昧に尋ねた。 一瞬、男たちは顔を見合わせたが、代表格と思われる恰幅(かっぷく)のいい初老が進み出ると、 「このような山奥ですから珍しい鳥もおりましょうが……あの辺りは足場も悪く人が入るには大変危険ですし、ちょっとわかりませんねぇ」 笑顔で首を振りながらも目線は僕から()らさない。 「それよりまさか、歩いてここまで? この村には宿も大した店もありません。 早めにお帰り頂いた方がよろしいでしょう。 最寄り、と言っても車で二時間近くかかりますが、駅までお送り致しますよ」 いつの間にか若い男が回してきた白い高級外国車を示した。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!