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第三話(猫谷視点)
僕、猫谷は、いわゆる腐男子というやつだ。
三つ年上の姉が腐っていて、たまたま漫画を借りに部屋に入ったら、普段読んでいる漫画の同人誌があって気付かずに……というよくあるパターンで読むようになり、そこから自分でもスマホで色々な二次創作を読んだり、同人誌や商業誌を買って読むようになったりした。
今の高校に通うようになったのは、学力的に丁度良かったという事もあったが、なにより憧れの男子校で、更に男子寮生活まで実体験できるということもあり、実際の所は結構ミーハーな動機だったりもする。
なるべくそこら辺の趣味はひた隠しにして生活していたから、今までバレていなかった……と、思うが。
僕は『イケメン×平凡』のカップリングが大好きで、今まで三次元は専門外だったのだけれど、この高校に入ってからまさかのドはまりをしてしまった。
それが『太刀矢×模部』だ。正に理想のイケメン×平凡のビジュアルと中身。あーあ、なんで模部は寮じゃなくて自宅からの通学なんだろう……。今からでも何とかならないかな……。
「おい、猫谷。食事中にボーッとするな。こぼすぞ」
「むん」
「むんじゃない、むんじゃ」
太刀矢は意外と世話焼きで、こんなに良い奴なのに……。
――そういえば俺さー、好きな人が居て……。
――他校の生徒で話したことはないんだけど、毎日電車で見かける色黒のガタイ良い無口そうな奴でさー。
「はぁー……」
「おいこら猫谷! 俺の顔見てため息をつくな!」
「もー、頑張れよ太刀矢―」
「はあ!? いや、何を頑張れと!? お前が飯食うの頑張れ!」
そういえば、この間助けに来てくれた太刀矢は本当にかっこよかったな。
美術室の上の窓から入って、綺麗な着地をして僕と先輩の間に入り、僕のはだけていたワイシャツを直してくれたのだが、あれはなかりBLみたいだった……。
それにしても、先輩たちのポーズ指定が、変な写真を撮るための嘘だったなんて思いもしなかった。
以前読んだ本の中に、美術部のデッサンで普通に脱いで参考にするシーンがあったから、てっきり男同士ってそういうものなのかと思っていたのに、どうやら違ったらしい。
「猫谷……ほら、汁飛んでる。言っただろ、ボーッとしてたらこぼすって……」
太刀矢は優しいので、自分はとっくに食べ終わっているのに、食べるのが遅い僕の終わりを待ってくれている。
「先に部屋戻っててもいいよ?」
「……いや、丁度、あれだから……食べ物が良い感じに落っこちていくのを待ってる時間だから」
「そうなんだ」
そう言って、スマホも弄らずに食べ進める僕を見ている。まったく、そんなだから色々な奴を勘違いさせるんだよな……。僕、とか……。
今日僕は、模部と話していて、自分が太刀矢に対してだけ夢男子になってしまうということに気が付いた。
普段の推しは二次元で、三次元の人間を好きになったのは、保育園の先生以来だったので戸惑っている。少し心を整理する時間が欲しくて、それとなく距離をとろうとしているのだが、太刀矢は僕の開けた距離を詰めるかのようにグイグイと話しかけてくるので、どうしたものだろうと、帰ってきてからずっと太刀矢のことばかり考えていた。
太刀矢に見つめられていると、余計にドギマギしてしまって上手く食べられない。しかし、追い返すこともできなくて、僕はひたすらご飯を口に詰め込む。
「頬っぺたパンパンでハムスターみてぇ……」
「んん、触るな」
「ゆっくりで良いって言ってんじゃん」
……それどころじゃないんだよ、ばか。
「はぁー……風呂、空いてるかなー」
「……」
しまった……もっとまずいイベントがあった……。
「今日は、その、別々で……」
「はあ? だめ。絶対だめ。お前ちょっと目離すとすぐ変態引き寄せんだから」
「……」
そんなことない、と言いたいけれど、なんだかんだでいつも太刀矢に助けて貰っているので、僕は口を噤んだ。
いいですか、過去の僕よ。軽い気持ちで寮生活の出来る男子校なんて受験するんじゃないぞ。そこに好きな人が出来てしまったら、天国のような地獄に変わる。
◇
今日も今日とて太刀矢が後ろの席を振り返って、模部となにかを話している。二人はたまにこうしてコソコソ話をしていて、僕にはそれが眼福だけれど、少しだけ寂しくもある。
模部に好きな人が居るというのはこの間聞いた。けれど模部だって、もっと太刀矢の良い所に沢山触れたら、太刀矢のことを好きになってくれるのではないだろうか。
僕は、いつも面倒を見てくれる太刀矢の恋を、どうにか実らせたくなった。たとえ自分が夢男子でも、リアルとフィクションの区別くらいつく。自分の気持ちはリアルへと反映させない。
いつも三人で居ることが多いけれど、僕が二人から距離をとることで、二人の距離をグッと縮めるというのはどうだろう。自然とフェードアウトしていくモブの僕……完璧だ。
さっそく昼休みのシュミレーションをしていたら、ガラリと教室の扉が開いて、先生が気だるげに入ってきた。
「ホームルームを始めるぞー」
ガヤガヤと煩かった教室が、少しずつ静かになっていく。
「今日は転校生を紹介する」
「……えっ、こんな時期に!?」
再び騒がしくなった教室は、「可愛いのか」「かっこいいのか」とそんな言葉ばかりが飛び交った。
「入って良いぞー。……はい、今日からクラスメイトになる、転校生の攻杉くんだ」
「どうも、攻杉 剛太郎 です」
「か、かっこいい……!」
攻杉くんは健康的に日に焼けた色黒で、身長が高くガッシリしていて、ちょっと無口そうな……ん?
隣に座る模部を見てみると、大きく口をあんぐりと開いたままで完全に固まっている。
これは……まずいことになったんじゃないか? 状況を整理すると、太刀矢は模部のことが好きだが、模部はおそらくあの転校生くんのことが好き……。
つまり、三角関係が出来上がったしまったわけだ。しかも、太刀矢が圧倒的に不利な状況の……!
僕は二人の友人としてどうすれば良いのだろう。模部の恋を応援したい気持ちも勿論あるが、やっぱり太刀矢を応援した気持ちもあって……。
「席は……一番後ろの真ん中が空いているから、そこに座りなさい」
「はい」
「皆もだけど、特に隣の猫谷と隣之芝、あと前の前野、気にかけてやってくれな」
「は、はい」
「よろしく」
「うん、よろしく……」
ぎゅっと握られた手は大きくて厚みがあって、所々が硬い。豆が潰れたあと……なのかな?
「野球部?」
「ああ、そうだ」
「やっぱり? 手の平、硬くて豆があるね」
リアルではあまり関わりのない人種だったので、無意識のうちにスリスリと撫でて感触を堪能してしまい、ハッとして慌てて手を放す。
「あ、ごめん!」
「……別に」
そうだ、攻杉くんは、模部の想い人……! と慌てて窓際を見ると、案の定アワアワと慌てふためく模部と、不機嫌全開になっている太刀矢がいた。
「早速仲良くなれたみたいだな。じゃあ、猫谷。昼休みにでも、学校内を案内してやってくれないか?」
「分かりました」
お昼ご飯も一緒に食べようとしたのだけれど、可愛い系の子達のグループに連れていかれてしまった。
「なんだよ猫谷、随分残念そうじゃねえの?」
「え? 別にそんなことないけど……」
でも、一緒に食べられたら、模部が嬉しいかと思ったのにな。しかし、チラッと様子を窺った模部は、残念がるというよりは、ホッとしたような雰囲気をしている。
……ああ、憧れの人が近くにいると、逆に緊張しちゃう的な、そういうやつなのだろうか。うわ、なにそれ可愛い……! 攻杉×模部、ありだな……。
いやいや、『ありだな……』じゃなくて! でもいっそ、模部総受けとか……。
「猫谷」
「うわっ、びっくりした」
「飯、食い終わった」
「ああ、うん。ごめんね。いま急いで食べちゃうから……」
「ゆっくりでいい」
「うん。ありがとう」
攻杉くん、案外優しい人なんだな……と思っていたら、攻杉くんの視線が模部へと移った。
「……どこかで会った事ないか?」
「えっ!? ないないないない!」
「え? でも、模部……」
いいから! と口を塞がれてしまった。
「……猫谷まだ食ってるし、俺が代わりに案内行ってこようか?」
太刀矢がまさかの名乗りをあげてくれたが、模部を巡る攻め同士をかち合わせるだなんて……そんな危険なこと、とてもじゃないが僕には出来ない!
攻杉くんは僕が引き受けるから、太刀矢は模部との仲を深めるんやで……! 自分の中の謎関西人の人格が、そう鼓舞する。
――その時、昨日の考えが再び頭を過った。
そうだよ、チャンスじゃないか。僕は二人から距離をとって、自然とフェードアウトしていくモブになれる……! 攻杉くんを利用する形になってしまうのは申し訳ないけれど、転校して直ぐに友達が出来るという点で少しは有益になれるのではないだろうか。
校内を案内しながら、軽く雑談を振ってみる。
「えーっと、攻杉くんって、胸派? おしり派?」
いやなんだその質問。僕はセクハラ親父か……? 最悪の第一印象だ。
「尻。手のひらに収まるくらいが良い」
そんで攻杉くんの返答も何なんだ。セクハラだぞ!? いや、話題を振ったのは僕だけども……。
「そ、そうなんだー……ハハ……」
――会話終了。
そうだった……。そういえば、いつも太刀矢が話題を提供してくれて、模部が上手くツッコんで会話を回してくれていたんだった。
二人とずっと一緒にいたせいで、自分も喋り上手だと錯覚してしまっていたらしい。実際の自分の実力なんてこんなもんだった……!
「……アンタは?」
「え?」
「だから、アンタは? 胸と尻、どっち派なんだよ」
「……改めて聞くと、本当に最低な質問だな」
「アンタが振った話題だろうが……」
無口そうだと思ったけれど、実際話してみると思いの外に話しやすい。校内を案内しながら、暫く軽い世間話をしていると、攻杉はふと思い出したようにこう言った。
「なあ、アンタが教室で話してた、あの…………特徴のない奴」
「模部のこと?」
「多分そいつ」
「どうかしたの?」
少し迷うような間があって、「どんな奴なんだ」と聞かれた。
「どんなって……普通に良い奴だよ」
「どこら辺が」
「え? 改めて聞かれると難しいけど……なんか、色々とさり気なく優しいんだ」
そう、さり気なく、何気なく、言われなければ気付かないような些細な気遣いを、気負わせることなく、いつの間にかしてくれている……みたいな。
「何がって言われると……こう、パッと出てこないんだけど、ふとした時に『ああ、もしかして模部がやってくれたのかな』とか、『模部って優しいな』って、思うんだよね……」
「そう、だよな……」
噛み締めるようにそう言った声。模部は「話したことない」と言っていたが、もしかして本当は話したことがあったのだろうか。
「電車や駅でよく見かけていたんだ」
なんでも、いつも降りる駅で寝過ごしそうになったところを、肩を叩いて起こして貰ったのがきっかけらしい。
その時は慌てて降りたので碌に感謝も伝えられず、顔も覚えていなかったんだとか。攻杉は人の気配に敏感らしく、普段ならどんなに眠くても、周りに人がいる状況で寝るなんてことはなかったから、驚いたとか。
そして、その次の月も寝過ごしそうになって、また模部に起こして貰った。まさか自分が、二回も電車で寝るなんて……。そう思って、一回目と二回目の共通点に気が付いた。
――それが、模部の隣に座っていたことらしい。
「なんか、やたらとこう……安心する雰囲気というか、あいつが隣にくると眠くなるんだよ……」
そこから、外見的特徴のない模部を意識するようになったらしい。乗車駅で見かけると、動きが遅くて時折足元のおぼつかないお爺さんの後ろをいつも歩いていて、「抜かせば良いのに……」と思っていたが、お爺さんがふらつくとそっと手を添えてあげているんだとか。さり気なさ過ぎてお爺さんすら気付いていないと思うと攻杉は言った。
「なんだろう……見てないのに見えてくる……」
「そんであいつ、電車待ちの時とか電車の中でも、初対面っぽい人に声掛けられて、乗り換えのこと聞かれたりしてんだよ。聞きやすい雰囲気してるんだろうな」
「それはめちゃくちゃ分かる。模部、勉強とかもよく聞かれたりしているよ」
「あと、ホームで電車待ってる時、相手を乗り換え先まで案内するのに居なくなって、結局電車の発車時間までに帰って来なかったこともあったし……」
次から次へと出てくる、善良な模部のエピソード。
「いや、攻杉くん……模部のこと、凄くよく見てるんだね」
「……別に。見てると飽きないし、なんか自分と違うものが見えてるあいつが、新鮮なんだ……きっと」
どうしよう……。自分の中の腐った部分が猛烈に疼いている。「それもう好きじゃん。好きっていいなよ!」と叫んでいる。いや、でも……。
「あれ? でも、攻杉くんさ、模部に『どこかで会った事ないか?』って聞いてたよね」
「何回か起こして貰ったことがあるだけで、会話らしい会話はしたことなかったからな……。俺の制服で降車駅を判断していただけなら、知っている体で声かけられたら怖いだろ?」
それでいったら、本当は大丈夫だった筈だ。模部は以前、彼の外見的特徴をしっかり覚えていたから。テンパったのか何なのか、知らないフリをしてしまったようだが……。
「でも、意識していたのは、俺だけだったらしい……」
頼むから、シュンとした表情はやめてくれ……。ああ、もうだめだ。推します。こんなの推してしまいます。攻杉×模部で胸が苦しい。くそ……どうか報われてくれと応援せずにはいられない。
「あれ? そういえば攻杉くんって、どうしてうちの高校に転校してきたの? 流石に模部を追いかけてってことはないよね?」
「ああ、父親の会社が倒産して、借金を抱えてな」
「えっ!?」
だから制服も違うのか……。これは前の学校の制服という訳だ。
「前の所が私立だったから、そのまま通い続けるには金がかかるし、電車賃もかかるから。学校まで歩いて行ける距離の安いアパートに引っ越しして、公立のここに来た」
「なるほど……。それは大変だね」
「まあ、今の生活もそこまで悪いもんじゃねえよ。……これからは、あいつにも前より長く会えそうだしな」
「うっ……」
「どうした……?」
イケメンがもどかしい純愛をしている……。加えて応援したくなる境遇すぎる。
「う、うまくいくと良いね」
「別に……あいつが望まないならどうこうなる気はない」
「ひぇ……」
「さっきからどうした?」
「な、なんでもないどす」
「どす……?」
突如として現れた転校生は、なにやら俺達三人の間に、新しい風を吹き込みそうな予感がした。
[三人寄ってもどうにもならん!]
――四人寄ったら……?
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