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第二話
「あれ? 太刀矢は?」
弁当の途中でトイレへ行って、戻ってきたら太刀矢の姿が見当たらなかった。
「……呼び出し」
「あー、あいつモテるもんな。中身あんなだけど」
「……」
ああ、分かりやすくソワソワしている。俺からしてみれば、そんな心配など杞憂なほど猫谷に夢中なのにな……。心配なら、告白して付き合ってしまえばいいのに。
いや、そうか。猫谷は、『太刀矢は模部のことが好き』って勘違いしているんだった。どうにか誤解を解かなければ……。
「そういえば俺さー、好きな人が居て……」
「えっ!?」
「猫谷だから言っちゃうけどー」
「う、うん……」
頼むから、そんなに泣きそうな顔をしないでくれ。
「他校の生徒で話したことはないんだけど、毎日電車で見かける色黒のガタイ良い無口そうな奴でさー」
「へ?」
「ん? どうかした?」
「い、いや! なんでもない!」
俺の想い人(嘘)が太刀矢でないことにホッとしながらも、太刀矢の想いが実らなそうなことに悲しい顔をしてやれる猫谷は、間違いなく良い奴で、俺の自慢の友人だ。
「太刀矢には内緒ね」
「わ、分かった」
――尚、この時の俺はまだ知らなかった。適当に容姿を借りた全く興味もない他校生が、この学校に転校してくることになるなんて…………なんちゃって! 嘘でした! と、今のうちに言っておけば、そいつがこの学校に来る可能性は消えるはず。というか、そうであってくれ。
「模部さあ、猫谷と何かあった?」
「え!? なんで……?」
「いや、なんか最近猫谷が妙に優しいというか、距離が近いというか……いや、まあ俺としては嬉しいんだけど、ドキドキしすぎて心も身体も持たないというか……」
ああ、猫谷としては、失恋確定の太刀矢に優しくしているだけのつもりなんだろうな……。
「股間が反応しすぎちゃうから、毎朝二回ヌいてこないとヤバくて遅刻しそうというか……」
めちゃくちゃしっかりした実害が出そうになっているじゃないか。
「太刀矢?」
「ね、猫谷!」
「なんの話?」
「太刀矢が最近遅刻しそうでヤバいって話」
見た目通り優等生の猫谷は怒ったような表情になる。
「そうだぞ、太刀矢! お前が最近ギリギリだから、朝あんまり話せなく……なんでもない」
ポッと頬を赤らめてそっぽを向く猫谷。きっとこれで太刀矢は、明日から時間より早めに来るだろう。これが北風と太陽ってやつだろうか……。いや、違うか……?
「あ! そうだ、猫谷。美術部の人物デッサンってどういう感じなんだ……?」
「なに急に」
「いや、ちょっと気になって……」
「別に普通だけど」
「本当に? なんかアレコレ言いくるめられて、えっちなポーズさせられたりとか、脱がされたりとかしてない……?」
太刀矢がそう言うと、猫谷は少しムッとした表情になる。それはそうだろう。幽霊部員なんかもいたりするそうだが、猫谷はかなり真面目に取り組んでいる方らしいし。
「皆ちゃんと真面目に取り組んでるよ! 僕、もう部活行くから……。真・面・目な部活に!」
「あっ、ちょっと待て猫谷!」
行ってしまった猫谷の背中を見つめる太刀矢は、何処か焦っているように見える。
「なに、どしたん?」
「……前に『スク水ロッカー投入事件』あったろ?」
「ああ。あったね」
それにしても最低な事件名だな。
「あの時手紙に書いてあった写真っていうのが気になって、調べてみたんだけどな……」
そう言って、太刀矢が机に並べたのは、おそらく部活中であろう猫谷の写真だ。部活中と言っても絵を描いているところではなく、ポーズモデルとして際どいポーズをさせられている写真で……。
「これは、まあ、なんというか……」
「そう! おかずにされても致し方ない、エロい写真ばっかりなんだよ!! かく言う俺も……いや、なんでもない」
したのか、おかずに。毎朝二発のおかずはこいつらなのか……? そう言われてみれば、数枚ほど表面の光沢が怪しい写真が……。飛び散った飛沫を拭いたのかな……?
「おい、なんだ。距離をとるのをやめろ。汚くない。きちんと拭いてる」
「使ってんじゃねえか!」
「しょうがないだろ! エロいんだから!」
あまりイケメンの口からは聞きたくないセリフだった。
「それで、この写真のバラ撒き元は昨日摘発して壊滅させた。写真を持っている奴からも出来る限り回収した」
なんなのコイツ? なにが彼をここまでさせるの? ああ、愛か……。
それにしたって付き合ってもいないコイツに果たしてそこまでする権利があるのだろうか? とも思うのだが、猫谷の気持ちに気が付いていて、実質両想いであることを知っている俺は、そっと口を閉ざした。
「後は、この写真を撮影している奴と、可愛い猫谷にエッロいポーズをさせている不埒で不躾でちょっと羨ましい野郎共を捕まえる」
「ちょっと本音出ちゃってるね」
「うるせええ! 俺だって猫谷でえっちな撮影会したいわ!! ポーズ指定したいわ!」
「どんどん欲望に素直になってくじゃん。……というか太刀矢、部活は?」
「病欠」
まあ、確かに恋と言う名のなんとやらって言うもんね……。
放課後、各々が移動を終えた廊下というのは案外静かなものらしい。
俺は帰宅部で、普段は早々に帰ってしまうため知らなかった。吹奏楽部の人達が練習する音が色々な場所から聞こえたり、野球部など運動部の掛け声が時折遠くから聞こえてくる。
ヒタヒタと自分たちの足音を聞きながら、特別棟まで移動した。美術室はなかなか奥まった所にある。だからこそ、そういったことが起こってもバレていないのかもしれないな……。
「猫谷くん……もうちょっとだけ、はだけさせられる? 筋肉の隆起とかも観察したいんだ」
漏れ聞こえてきた声に、二人して中を覗こうとしたが、どうやら扉には鍵がかかっているらしい。
「えっと、でも僕、そんなに筋肉なくて……」
「いろいろな体系の人をデッサンしたいからね。ほら、マッチョを書きたいなら銅像とか資料が沢山あるんだけどさ」
「た、確かに……。でも、あの、これ、大丈夫ですよね?」
「何が?」
「あの、えっちじゃないですよね?」
「えっ!? えーっ…………ち、じゃ、ないよぅ?」
あ、たぶん嘘付けないタイプの人だ。絶対ゴリゴリにえっちだと思ってるし、猫谷の口から「えっち」という単語が出たこと自体がえっちだと思って動揺している人だ。
少しの沈黙の後、再び声が聞こえてくる。
「あぁ~~いいねぇ……と~っても、いいよぉ…………今度はもうちょっと足を開いてみようかぁ……あぁ~~~ッ、最高だぁ……す~っごく、えっ……セクシーだよぉ……」
え? 今、えっちって言おうとしたよね? それで誤魔化せていると思って……誤魔化されてる奴いるんだよなぁ……。
「これ、本当に……」
「う~~~ん、大丈夫だよぉ……猫谷くんはぜーーーんぜん、えっちじゃないよぉ~~……はあぁ~~~ンいいッ……うっ、すっごく良いよぉ…………下半身にずっしりくるよぉ……」
下半身って言ってるよね? 下半身にずっしりって……え? これで気付かないの? あのこ大丈夫なの?
「……ずっしり、ですか?」
ああ、良かった。流石に気になるよね。そうだよね。
「あぁー、下半身がずっしりしていて、安産型のお尻でいいねぇって、話だよぉ~~~……」
「ぼ、僕男ですけど……!」
引っかかるところ絶対そこじゃないってことに気付いて猫谷! 誤魔化しの方もアウトだし! っていうか、指示している人の喋り方と語尾の伸びが気になりすぎるんだけど。
「うん、そう、so……あぁ~~っふぅ、良い感じだよぉ……はぁ~~~~イキそう……触ってないのにイキそう…………ウッ」
「え? なんですか?」
「ハァ、ハァ、……っ何でもないよぉ……今度は胸筋の資料が欲しいから、ちょっとだけ、ちょ~~っとだけ、お胸をチラッとして欲しいんだぁ……」
なんでも無くないだろ。さっきモロにイキそうって言ってましたけど? っていうかイッてましたよね!? 駄目だぞ猫谷……! 胸なんか見せたら、太刀矢が……って、太刀矢どこ行った……?
「ちょ、ちょっとだけ……?」
「そうそう、ちょ~~~っとだけで良いんだぁ……胸の…おポッチをちょっとだけ……」
おポッチってなんだ。
「でも、それってえっちじゃ……」
「だ~~~いじょうぶ! ぜーんぜんえっちじゃ……」
「えっちだろうがあああああ」
突然太刀矢の声がして、部屋の中から轟音がした。
「えっ、太刀矢!? いったい何処から……あ、上からか。……え? これ登ったの?」
教室の上にある謎の横に細い窓が一ヶ所開いていた。おそらくあそこから入ったのだろう。どんな身体能力しているんだか……いや、これもまた愛の力か……。
ガラッと音がして、普通の出入り口の扉が開いた。
「やばい。停学かも。先輩のことガッツリ殴っちゃった」
「第一声それなんだ……」
結論から言うと太刀矢は停学にはならず、反省文だけで済んだ。
太刀矢に殴られたポーズ指定をしていた先輩と、無言で撮影係をしていたらしいもう一人の先輩は、後輩への破廉恥な行為が学校側にバレて謹慎処分になったらしい。
「あーあ……俺も美術部入ろうかなぁ……」
「なに舐めたこと言ってんの。ほら、早くサッカー部行きなって」
「でもさあ、また猫谷がえっちなポーズ指定されちゃうかもしれないじゃん」
「もう大丈夫だって! 助けて貰ったのは感謝してるけど、流石に僕だってそう何回も騙されないってば」
「えぇー、でもやっぱり心配だし……! なんで俺サッカー部なんだろう……誰か見張りでもいれば…………ん?」
なかなか部活に行こうとせずに、駄々をこねていた太刀矢と目が合った。
「……ん?」
――模部、美術部入部決定
◇
「おい模部、面貸しな」
「え? それ友達に言う奴いる?」
「じゃあ、学校探検行くぞ」
「言い直しても意味分からん……」
「模部にはまず水彩でスケッチを描いて貰うことになったから、良さげな場所を探しにいくよ」
「あ、はい」
急に言語レベルの上がった猫谷の後ろをついて歩く。
流れで美術部に入部したが、今まで絵なんてあまり描いてこなかったので新鮮だ。自分が絵に書けるかどうかを考えながら辺りを見ていると、なんだか景色もいつもと違って見える。
まあ正直面倒だし、幽霊部員でもいいのだけれど、猫谷の前で言ったら怒られそうだ……。
「校舎の外に行くの?」
「ああ。初めは校舎の中でごちゃごちゃしたパースを取るよりも、風景から描いてみた方がいいかと思って」
「なるほどね」
何故かソワソワしながら歩いている猫谷の後ろをついて歩いていると、サッカー部のいるグラウンドの近くまで来ていた。なるほどね。場所探しは口実で、部活中の太刀矢が見たかった訳だ。
「太刀矢いるかな?」
「どうだろう……」
「あっ、いたいた! あいつデカイから目立つなー」
太刀矢の両サイドには可愛い系のビジュアルをした男子がいて、二人とも身長が低いので、中央にいる太刀矢が尚更大きく見える。
「六十九番のゼッケンを付けている元気で子犬のような奴が犬ヶ崎で、フワフワ髪でジャージ姿のマネージャーが桃支李というらしい」
「えっ、名前まで知ってるの!? 詳しいね」
「……まあね」
向こうを見ながらメガネを上げる猫谷だが、本当は内心気が気でないのだろうな……と思っていたら、何故かいきなり俺の方を向いて両肩を掴んできた。
「でも大丈夫!」
「え? なにが?」
「太刀矢にとっては、お前の方が可愛いよ!」
「なんで?」
「イケメン×平凡は王道だ……! 俺が保証する!」
「何の保証ですか」
「一生涯、保証するから!」
「何の保証かを先に聞かせてください」
猫谷が俯いて、外れ過ぎる推理を話し始めた。
「きっとお前、太刀矢がモテすぎるから不安になって……」
それは猫谷……お前だろう。
「その恋を諦めようと必死に、違う人を好きになろうとしているんだろう?」
「いや、普通に違います」
「本当に……?」
「本当に……」
「太刀矢より良い男なんてそういないぞ……?」
「いや、それは猫谷が太刀矢のこと好きだからそう見えるだけなんじゃ……」
そう言った瞬間、猫谷の口がポカンと開いた。
「俺が、太刀矢を……好き……?」
「え? うん」
「俺は……」
「……」
「俺は腐男子じゃなくて夢男子だったのか……?」
「ずっと何言ってるの?」
その日から、猫谷は太刀矢に余所余所しくなってしまった。
「おい模部、面貸しな」
「友達から二回もこの台詞言われることあるんだ」
太刀矢に二の腕を掴まれ連行される瞬間、猫谷の表情が輝いた。あれ? 自分の恋心を自覚したのでは……?
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