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陽菜は急いで私服に着替え、自転車で駅まで向かった。
駅の前でばっちりお洒落した唯が立っていた。
「陽菜、遅いよ。電車来るよ。行こう」
唯は陽菜の腕を引っ張って改札を抜けた。
陽菜も慌ててSuicaを出し、改札を抜ける。
ホームに着くとすでに電車が止まっていた。
陽菜たちは慌ててそれに乗り込んだ。
この時間の車内は随分空いている。
陽菜たちは日のあたらない席を見つけて、そこに座った。
「それにしても、陽菜、その格好ダサいよ」
唯は陽菜の服装を見て、口を尖らした。
陽菜は自分の服装を見る。
キャラクターイラスト入りの黄色いTシャツとデニムの短パン姿だ。
肩からはショルダーバックをかけ、足下はウェッジヒールのサンダルを履いていた。
陽菜からすれば、充分お洒落をしている方だ。
その唯の格好といえば、スケルトンのノンスリーブのブラウスにディアードの黒のミニスカート。
どちらもモノトーンでしめている。
足下は黒のクロスアップしたブーディーサンダル。
そして、鞄はシャネルバックを思わせるチェーンのキルティングショルダーバックだった。
あの唯の特徴的なハイアップしたポニーテールは下ろされ、代わりにウサギの耳のようにとんがった上向きのリボンのヘアバンドで前髪を上げている。
確かに大人っぽくてお洒落だけど、陽菜には唯が背伸びをしているように見えた。
「っていうか、聞いて! バレー部の高島先輩からおうちでバーベキューするから来てって誘われたんだぁ。しかも、そこに室井先輩も来るの。高島先輩は室井先輩と同じクラスだから、そこそこ仲いいみたい。それで、私が室井先輩のこと好きだって相談したら、室井先輩も呼んでくれることになったの。超嬉しい!」
車内中に響いていると思えるぐらい大きな声で、唯は話していた。
陽菜は周りが気になって、目線をきょろきょろさせる。
「だから、その日のために思いっきりお洒落したいんだぁ。だって、パーティーでは一番目立たないと室井先輩に気づいてもらえないでしょ。それに、化粧品も買いたいし」
化粧品と聞いて、陽菜は驚いた。
陽菜も唯も15歳だ。
化粧なんてまだ早いと思った。
「唯ちゃん、お化粧もするの?」
「そうだよ。今時、普通だよ。メイクして、もっと綺麗になるんだ」
唯は頬に手をあてて、笑った。
陽菜には理解できなかった。
高校生や大学生ならまだしも、中学生にはまだ早いのではないかと思う。
「でも、唯ちゃんお洋服だっていっぱい持ってるじゃない。先週もイオンモールでワンピースとTシャツ買ったばかりでしょ?」
「ああ、でもあんなものじゃダメ。イオンモールじゃ、皆とかぶっちゃうし、究極のお洒落じゃないもん。今月号の『ティーンズ』読んだぁ? モデルの萌ちゃんの着てたスカート可愛かったなぁ。あんな感じの最近の流行にあった服がいいの。それにミニスカートは女の子の必須でしょ」
唯は手足をばたばたさせて興奮していた。
周りにいた大人たちが唯たちを見る。
それが陽菜には恥ずかしかった。
「ミニスカートはあんまり好きじゃないよ。パンツが見えちゃいそうで……」
「やだ、それがいいんじゃない。男の子なんて皆エッチなんだからさ、そういうパフォーマンスも必要よ。私、わざと先輩の前でスカートをちらつかせるんだ。化粧もばっちりして、まずは外見から磨くの。私、萌ちゃんみたいになりたいんだよね。もう、メイクの本は買ってあるの。ママもね、ママの要らなくなったメイク道具もくれるって言うし、困ったら教えてもらえばいいもん。うちのママって化粧もうまいんだよ。でも、ママは化粧しなくても美人なんだけどね」
唯の『ママ自慢』が始まった。
クラスメイトたちが唯を煙たがる理由の一つだ。
唯の家は一人っ子で、大事に育てられた。
家も裕福なので、いつもいろんなものを買ってもらえる。
お小遣いも陽菜の3倍はもらっていて、足りなくなれば、おねだりをして追加してもらえるのだ。
確かに、唯の母親は美人だ。
美人というより派手な感じだ。
ピンクブラウンの長い髪をウェーブさせて、化粧も厚く、いつも高そうな服を着ていた。
色気もあって、お金持ちオーラが強い。
唯の家に遊びに行くと、『ウェッジウッド』の高価なティーセットを出してきて、お菓子には『ゴディバ』のチョコレートが出て来た。
一つ300円もするチョコに陽菜は理解できない。
美味しいけれど、陽菜はスーパーで買う100円もしない森永の板チョコの方が好きだった。
出してくる紅茶もイギリスのブランドの『べノア』。
わざわざ銀座の専門店で買うらしかった。
唯はその銀座のカフェで食べた、アフタヌーンティーのことをよく自慢していた。
アフタヌーンティーには美味しい紅茶とともに三段のお皿が縦に並んでいて、サンドイッチやスコーン、ケーキやフルーツなどが乗っているという。
陽菜にはよくわからないが、昔、陽菜の母親がHNKで見ていたイギリスの時代映画で、テーブルの上に並んでいるのを見たことがあるような気がした。
けれど、それは昔のイギリスの貴族などが食べるもので、陽菜はファミレスで食べるイチゴのパフェで充分だ。
そして、唯の愛読書が『ティーンズ』という10代の女の子に人気のファッション雑誌だ。
特に唯のお気に入りが松下萌という同い年の人気モデルだった。
中学生にして身長が165cm以上あって、足も長く、大人っぽい。
顔も小さくて色白だった。
いつも唯はそんな萌になりたいと話していた。
萌は唯とはあまりにも違うタイプだが、唯も充分背が高かったので、陽菜はいつも唯もモデルになれると褒めていたものだった。
唯は自分が本気で可愛いと思っている。
それはおそらく美人の母親のせいだろう。
大人になったら母親のような美人になれるのだと信じている。
家でも毎日のように母親に唯は可愛いと言われているようだ。
しかし、唯は父親似だ。
唯の父親は土木会社の社長さんで、背も低く、だるまの様な身体をしていた、優しそうな父親である。
ただ、顔が大きく、目が切れ長の奥二重なので、そんな父親に似た唯をクラスの誰もが美人とは思ってはいない。
それでも唯は、化粧をすれば母親のように、もしくはモデルの萌のように可愛くなれると信じているのだ。
陽菜はずっと電車の中で、唯の室井の話や部活の話、そして、家の自慢話を聞かされていた。
昔はそんな話も何も思わず聞いていた。
むしろ話題に尽きない、いつも元気な唯に感心したほどだ。
しかし、最近ではそういう気持ちでは聞けないでいた。
唯が室井を好きになってから、唯のテンションは更に上がり、周りが見えないほど大騒ぎするようになった。
毎日、大きな声ではしゃぎ、気持ちがいつも浮ついている。
自慢話も増え、すでに彼女の話をまともに聞くクラスメイトは陽菜ぐらいだ。
陽菜も正直、唯の話はつまらなかった。
陽菜が室井を好きになるほど、強く感じるようになり、最近ではイラつきさえ出てきてしまう。
そして、心のどこかで室井先輩が唯なんかに惚れるわけがないと思うようになっていた。
電車を乗り継いで、原宿に着いた。
そして、若者が集う竹下通りに向かう。
すでに道は女子高生など制服姿の若者でごったがえしていた。
地元にいて、こんなに人ごみがひどいのはお祭りの時ぐらいだ。
なんとなく、花火大会の帰り道を思い出した。
陽菜は人ごみが苦手だ。
歩くたびに人にぶつかり、歩くペースも早くなる。
周りは騒ぎ声でうるさくて、その癖、なんともいえない孤独感がした。
唯は何食わぬ顔をして、竹下通りを歩く。
何人かの女子高生たちが振り向いて来たような気がしたが、唯は全然気にしていないようだった。
むしろ、見られているのが嬉しいようにも見えた。
通りの奥へ進み、お目当てのお店を見つけると唯は大はしゃぎした。
雑誌で見たとか、萌ちゃんが着ていたなど大声で騒ぐので、余計に悪目立ちしている。
陽菜には周りから見てひどい田舎者に見えているような気がして、気後れした。
「そんなの、陽菜がそんな子どもっぽい服着ているからだよ。私みたいにさ、流行の服を着ればいいのに」
そう言って、唯は近くにあったTシャツを手にとって陽菜にかざした。
「そんなスーパーで買ったTシャツじゃなくて、こういう服を着れば、陽菜だって可愛くなれるよ」
「いいよ。私はお金ないし……」
「お金なら貸してあげるからさ、陽菜も何か買おうよ」
唯はぐいぐい陽菜に近づいていった。
陽菜は困った顔をする。
「ダメだよ。お母さんに怒られちゃう」
そうすると、唯はぷっくりと頬を膨らませた。
唯が不愉快の時に見せる表情だ。
「そうやって、いつも陽菜は遠慮するんだよね。親なんて関係ないよ。陽菜のママだって陽菜が可愛くなれば嬉しいと思うよ。ママがいつも私に言うの。私の喜びがママの喜びだって」
唯はシャツを持って、にっと笑った。
陽菜も複雑な気持ちで笑い返した。
結局、唯はトップス二着、スカート一着、そしてワンピースを一着買った。
合計で3万円も使ったのだ。
当然、唯の財布の中も空っぽだった。
唯の腕には大きな紙袋が二つもぶら下がっている。
その時、ゲーセンで屯していた高校生に声をかけられた。
まだ、幼さの残る顔をした高校生たちだった。
皆、だらしなくワイシャツの裾を出し、少し大きめのカーディガンを着て、ネクタイを緩めていた。
「ねぇ、君たち中学生でしょ?」
茶髪を立たせた釣り目の少年が言った。
陽菜は警戒して、後ずさる。
「今からカラオケ行くんだけど、どう?」
いかにも怪しい感じがした。
陽菜は唯の腕を引っ張るが、唯は動こうとしない。
「なに? お兄さんたち、高校生?」
「そうそう。でも、まだ一年。歳近いよ」
陽菜は一生懸命首を振った。
とにかく、その場から逃げたかった。
「へぇ、かっこいいですね。やっぱ都会の高校生は違いますね」
唯の言葉で高校生たちがどっと笑った。
陽菜は顔を真っ赤にする。
「いいね、君。メチャウケる。カラオケ行こうよ。おごるからさ」
「え! おごってくれるの?」
唯は嬉しそうに声を上げた。
高校生達も唯のいい反応ににやにやしていた。
「ねぇ、陽菜。おごってくれるって。行ってみない?」
唯は陽菜の耳元で囁いた。
陽菜は何度も首を横に振る。
「ダメだよ、唯ちゃん。もう、帰らないと」
「でも、ちょっとだけならいいでしょ。ママにはメールするしさ」
「そういう問題じゃないよ。とにかく、帰ろう」
陽菜はそう言って、必死で唯の腕を引っ張る。
唯は名残惜しそうに高校生を見ていたが、引きずられるように駅に向かった。
「陽菜は固すぎだよ。陽菜も少しは男の子と関わった方がいいよ」
唯は電車のホームで、陽菜にそう言った。
陽菜は口を尖らせた。
「何言ってるの。あんなのついて行っちゃだめだよ。学校でもそう言われたでしょ」
その言葉を聞いて、唯も口をへの字に曲げた。
「学校って、陽菜はどんなけいい子ちゃんなのよ。親や学校の言うことばっか聞いて馬鹿みたい。あんなの勝手な偏見で言ってるだけだよ。そんな風に堅物でいたら、陽菜、一生彼氏できないんだから」
「唯ちゃんだって、室井先輩がいるんでしょ? なのに、何で他の男の子と遊ぶの?」
「別に付き合うわけじゃないもん。男の子を知るためにも、そういうのに詳しい年上の男の子に聞いたほうが、ためになるじゃん。もし、室井先輩と付き合うことになったとき、何も知らないと捨てられちゃうでしょ」
「室井先輩が唯ちゃんと付き合うわけないでしょ!」
陽菜は息を止めた。
言うつもりはなかった。
けれど、つい熱くなって口走ってしまったのだ。
唯は何も言えず、立ち尽くしていた。
陽菜もなんと言えばいいかわからない。
そうしている間に、ホームに電車が滑り込んで来た。
唯は陽菜に背中を向けて別の車両の入り口に向かう。
そして、人ごみに隠れるように唯は電車に乗り込んでいった。
陽菜は呆然と立ち尽くしたまま、ドアの閉まるベルを聞いて、近くの車両に乗り込んだ。
ぎゅうぎゅう詰めの電車の中は怖かった。
出来るだけ端に立って、壁に背中をつけて、鞄を握り締めていた。
涙がこみ上げてきたのを必死にこらえる。
駅のホームで降りても唯は見当たらなかった。
おそらく、一つ前の駅に降りたのだろうと思った。
唯なら、一つ前の駅で降りても家に帰れる。
陽菜と顔を合わせたくなくてそうしたのだろうと予想がついた。
家に着いたのは9時を過ぎていて、両親にひどく怒られた。
食欲がなかったので、陽菜はそのまま部屋に戻ってベッドにうずくまり泣いた。
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