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 その関係は、偶然と思いつきから始まった。 「口、開けろ」  暗澹たる夜が始まり、墨汁を塗り広げた空が暁の朱鷺色に変わるまでの、密やかな時間。 「教えた通りにできるところ、ご主人様に見せてみろ」 「ん、ぅっ」  誰も知らない。誰にも知られてはいけない。この場を満たしている淫靡な空気と、それを放出している二人の男の関係を。 「どうする? 今日は吐き出してもいいぞ」 「……ぁ、っ……飲んだ」  ズボンの前をくつろげ、そこから取り出した男の象徴を相手の口に突っ込んで奉仕させていた者、花宮煌(はなみやこう)がいつも通りに相手に判断を委ねると、煌の前に膝をついていた男は喉を鳴らして口内のものを嚥下し、ご丁寧にも「飲んだ」と報告をした。 「吐き出してもいいっつったのに、また飲んだのか。これがそんなに好きか? ん?」  床に片膝をついた煌が、ずっと見下ろしていた男と目線を合わせる。癖のない濃茶色の髪にその長い指を這わせ、右頬だけに薄い笑みを浮かべた。 「上級貴族は舌が肥えてるはずなのに、青臭ぇ子種を好んで飲みたがるとは、滑稽じゃねぇか。とんだお笑い種だな」  かつて、煌には親の決めた許婚がいた。その娘に「語尾が甘く響く、罪作りなお声」と評された美声で、お世辞にも上品とは言いがたい嘲笑を向けると、煌に奉仕していた男がふいっと目を逸らした。黒縁眼鏡のレンズの奥で、深い黒瞳がわずかに揺らぐ。 「別に好んでなどいない。旨いとも思わない。無理矢理に出席させられるパーティーで口にする味気ない料理と大差ないと思うだけだ」  淡々とした答えが、煌に返ってきた。
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