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楽しいはずが…
私、春田理沙、17歳は3歳で子役デビューし、今まで芸能界で生きてきた。
周りから「頑張れ、頑張れ」「理沙ならできる」と応援され「何でこんなこともできないの?」「期待してたのにがっかりだわ」と、勝手な理想を突きつけられ、できなければ失望される日々を送っていた。
毎日毎日、いっぱいいっぱいだった。
そしてある日、朝起きると突然、目が見えなくなっていた。
病院での診断結果は『眼心身症』極度のストレスでなるらしい。
極度のストレス……。心当たりがありすぎて、どれが一番の原因かわからない。
東京にいたらマスコミに追いかけられるし、ちょうど神戸に名医がいると聞き、仕事を休み逃げてきた。
自宅学習という手もあったけれど、子役の時からのマネージャーであるママとずっと一緒は、息が詰まる。だから、目が見えなくても受け入れてくれる学校に編入することにした。
登校初日はあんな感じで、朝からママが迎えに来てくれる夕方まで生徒に囲まれた続け、次の日からは学級委員長の竹田君が、私の身の回りの手伝いをしてくれた。
竹田くんは冗談を言いながらも物事をハッキリ言うタイプ。人の目ばかり気にしてきた私にとっては、ズバッと言える竹田くんが羨ましい。
私がみんなに囲まれて困っていると「質問は事務所を通してください」とマネジャーの真似事をし、みんなが笑っている間に私を助けてくれる。
頭がキレて、冗談が上手くて、人気者。私にはないものばかり持っている。
「竹田くんってモテるでしょ?」
昼休み。校庭裏にひっそりある花壇のそばで、お昼のパンを食べながら聞いてみた。
「う〜ん。おじいちゃん、おばあちゃんにはモテるかな?」
竹田君の顔はわからないけど、人懐っこい雰囲気らお年寄りから好かれてるイメージが、すぐに浮かんだ。自然と笑みが溢れる。
「春田はみんなの人気者やからな〜。結構しんどいんちゃう?」
『人気者だから疲れる』
私がずっと思っていたけれど、言えなかったことを竹田君はズバッと言う。
ここで本当のことをいってもいいんだろうか……。
「今は俺しかおれへんねんから、ほんまのこと言〜てもいいねんで」
ツンと肩を突かれた。
「……本当は疲れる……」
ポロリと本音が出た。
「やっぱりな〜。ほんま無理したあかんで。息抜きできてるん?」
「ううん」
首を横に振る。
「ずっと走ってきたから、息抜きの仕方、わかんない」
なぜだろう。竹田君の前だと、本当の気持ちがぽろぽろ言葉になって出てくる。
「なるほどな〜。俺の息抜きはな、『相楽園』って園庭あるねんけど、そこ景色がめっちゃ綺麗やから散歩したり、パーラーでめっちゃ贅沢ご褒美にパフェ食べんねん。でもな、そこ行かれへん時は、両手大きく広げて、ばーんって大の字になって芝生の上で寝転ぶねん。ちょうど今、ここ芝生やからやってみ〜」
「『やってみ〜』っていわれても、この体勢だと地面との距離がわからなくて、怖いよ」
「大丈夫、俺が支えといたげるから」
竹田君の手が、私の肩と頭の後ろに添えられる。
「ゆっくり体重かけてみ〜」
言われた通りにすると、竹田君がわたしを支えながら寝転がせてくれた。
「どう?気持ちいいやろ?」
「気持ちいい」
そよそよと頬を撫でる風と、風に揺られて耳を撫でる芝生。ほのかに土と花の香りがして、真っ暗なままの世界だけど、お日様の暖かさは届いてる。
「俺な、嫌なことあったら、ここで寝転がるねん。たまにそのまま寝てしまって、授業休んでまうことあるけど、そんな時間も心と体には大切や」
私の隣で竹田君も寝転がった気配がした。
「今竹田君も寝転がったってことは、嫌なことあった?」
見えないけれど、竹田君の方に顔を向ける。
「ない。今は春田さんと寝転びたい気分やねん」
竹田君は……竹田君だけは、私を『芸能人の春田理沙』ではなく、同じ歳の『春田理沙』として接してくれる。
それがとても心地いい。胸がポカポカ暖かくなる。
「竹田君って、本当にいい人だね」
そういうと、
「いまさらかい!」
元気なツッコミが入る。私が「ふふふ」と笑うと、
「いい人ついでに言うとな、芝生で寝転がるの気持ちいいけど、たまにバッタが顔に飛んでくんで」
「バッタ!?」
慌てて上半身を起こし、無意識にあたりをキョロキョロしてしまう。
「今はおらへんって」
そういって竹田君は大笑いする。
「やっぱり竹田君、いい人じゃない!」
「さっき『いい人』ってゆってくれたのに?」
「いったけど、前言撤回!」
「も〜、キャラメルあげるから怒らんといて」
竹田君が私の口の中にキャラメルを入れる。とても甘くて美味しい。
「美味しい」
口の中でキャラメルを転がす。
「これ、手作りやねん」
「誰の手作り?」
「美希。俺の幼馴染」
口の中で転がしていたキャラメルが止まる。
「女の子の幼馴染いたなんて……初耳……」
どうしてだろう。胸がザワザワする。
「ほんま?言〜てなかった?」
「聞いてない!」
なぜだか大きな声で言ってしまった。
「ご、ごめん。言〜てたと思ってたわ。今度紹介する……」
竹田君の困惑した声がする。
「いいよ、紹介しなくて」
「え?なんで?」
「だって幼馴染の美希ちゃんと一緒の時は、私なんていない方がいいでしょ?」
なぜだか嫌味っぽくいってしまった。
「そんなことないって」
「2人っきりの方がいいに決まってる」
違う! 違う! そんなこといいたいんじゃない。
じゃあ、私は何をいいたいの?
胸がチクチクして、頭の中がぐちゃぐちゃする。
「え?どうしたん?俺、なんか気に触ること言〜た?」
「いってない!」
その時、昼休みが終わるチャイムが鳴った。
「授業始まるから行こう」
立ち上がり、スカートに付いたであろう芝生の芝を払った。
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