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恥ずかしいトラブル
その日、結局竹田君は学校に帰ってこなかった。
次の日、朝、竹田君は松葉杖をついた美希ちゃんと一緒にいたみたい。
それを聞くと、やっぱり胸がチクチクする。
「春田さん、おはよう」
美希ちゃんを教室まで送ってきただろう竹田君が、いつものように私の席に来てくれる。
「おはよう。あのね、昨日は変なこといってごめんね。なんだか新しい環境のせいか、バタバタが続いてイライラしてたみたい。竹田君にあたってしまって、本当にごめんなさい」
一気に言った。途中で止めれば『私は竹田君に心配される美希ちゃんが羨ましい』といってしまいそうだったから。
「そんなんいいって。環境変わったし、目も見えへんくなってしまってるし、大変なのはわかってるって。俺でよかったら、いっぱいあたり」
竹田君が私の頭をぽんぽんと2回、優しく叩いた。
さっきまでのチクチクが溶けていく。
「竹田君って魔法使いみたい」
そういうと、
「なんでそ〜なる?」
楽しそうに笑った。
5時間目授業はいつも通り進んでいく中、私の体調はどんどん悪くなっていた。
お腹が痛い……。
原因はわかってる。トイレに行けば治る。
でも、この学校の多目的トイレは別の棟で、その前をよく人が通る。
できればそこは使いたくない。でも、そこでないと1人でできない。どうしよう……。
徐々に冷や汗が出てくる。
あと1時間我慢すれば、家に帰れる。我慢できない感じではない。
あと1時間、頑張ろう。
ふぅ〜っと大きく息を吐く。
「春田さん大丈夫?顔色悪いで」
竹田君が肩をトントンと叩く。
「だ、大丈夫……」
竹田君にだけは知られたくない。
必死に笑顔を作った。
「大丈夫ちゃうな」
竹田君が小声で言うと、
「なんか俺、体調悪くなってきたみたいやから、保健室行ってくるわ〜。悪いけど春田さんも一緒に来てくれる?」
「え?」
私がいうと、
「なんで春田さんも?」
クラスメイトがごもっともなことを聞く。
「俺ついてたのにさ、春田さんこけさせてしまって、今見たら、膝擦りむいててん。だから消毒液せなあかんくて。じゃ、そういうことやから、先生に言〜といて」
そういい、急いで私の手を掴むと教室を出た。
階段まで行くと、
「で、ほんまはどうしたん?」
竹田君が優しい声色で聞いてくれる。
「お腹、痛くて……」
本当は知られたくなかったけど、あんな嘘までついて心配してくれた竹田君に嘘はつけなかった。
「腹痛の薬持ってるけど、飲む?」
「ううん。その腹痛じゃなくて……」
「……あ!」
竹田君は察してくれたようで、
「多目的トイレは?」
「あそこ人目につきやすいし、学校ではイヤなの……」
わがままだとわかっている。でも誰かに知られれば学校中に知れわたってしまう。それが怖い。
「わかった。俺んち、おばあちゃんのために手すり付きのトイレやから来る?自転車で5分ぐらい。行けそう?」
私は急いで頷く。
「わかった。急ぐで」
竹田君に手を引かれ、駐輪場で自転車の後ろに乗せてもらう。
「髪型崩れるかもやけど、頭守るためにヘルメット被って。あと、安全運転で急ぐから、嫌かもしれへんけど、俺の腹にしっかり捕まっといて。いい?」
「わかった」
「じゃあ行くで」
自転車は動き出した。真っ暗な中、不安定な体勢で動くのは不安だったけど、竹田君にしがみついていれば少しは不安が和らいだ。
「しばらくまっすぐ進むで」
「はい!」
自転車はまっすぐ進む。
「もう少ししたら、右に曲がる」
「はい!」
自転車は右に曲がった。
「坂道でそのあと信号やから、止まるで」
「はい!」
坂道下り、信号で止まる。
「次は上り」「次は左」
動きが変わる前に言葉で教えてくれる。だからまったく怖くなかった。
「着いたで」
急いで自転車から降ろしてくれ、そのままトイレに連れていってくれる。
「手すりここやから、握っていきな。終わったら、廊下の一番奥の部屋におるから、そこ来て」
それだけいうと、竹田君はトイレの前から離れた気配がした。
私は手探りで手すりを伝い、トイレで用を足す。腹痛が嘘のようになくなった。
いうのは恥ずかしかったけれど、いってよかったと本当に思う。
廊下の壁を伝い、一番奥の部屋に入る。
「お茶飲む?」
「飲む」
腹痛のことに関しては、何も聞いてこない。それがすごくありがたかった。
手渡されたよく冷えたお茶を飲むと、喉を通る冷たさがとてもいい。
「竹田君、いろいろありがとう」
「いいって。困った時は……」
そう竹田君がいったので、
「お互い様」
「お互い様」
同時に私も言った。
「ぷっ……あははは」
竹田君が笑い、
「あははは」
私も笑う。
もう、私の中の気持ちを抑えることはできなかった。
「私、竹田君のことが好き」
自分でもびっくりするぐらい、自然に告白できた。
「……へ?」
少し間が空いて、竹田君の変な声がした。
「だから、私、竹田君が好きっていったの」
竹田君が美希ちゃんと恋人同士で、私はここで綺麗に振られて撃沈すればいい。
黙ったままなんて、もうできない。
「私は竹田君のことが好きだけど、竹田君は美希ちゃんと付き合ってるんだから、思いっきり私を振ってください」
振られるのって、もっと悲しいかと思ってたけど、案外スッキリする振られ方もあるのかもしれない。
「ちょ、ちょっと待って。話が見えへん」
竹田君の声は慌てている。
「え?春田さんは俺のこと……好きなん?」
「ええ、何回もいいましたけど?」
「で、俺と美希が付き合ってるって?」
「付き合ってるでしょ?」
「付き合ってないし!」
物凄く焦った声がした。
「え?この歳まで幼馴染っていったら、付き合ってるでしょ?」
私、何かおかしなこといった?
首を傾げた。
「なんの思い込みやねん」
そういった後、竹田君が大爆笑する。
「美希とは幼馴染やけど腐れ縁やし、美希には彼氏おんで」
「へ?じゃあ昨日、どうして病院、竹田君が一緒行ってていってたの?」
「彼氏と喧嘩してて、一緒に来てっていいづらかってんて」
「なにそれ」
「ほんまや。ほんまに、なにそれやわ」
2人して笑った。
「あんな、ほんまは俺、春田さんのこと一目惚れやってん。でもな、俺なんか不釣り合いって思ってて、一緒におれるだけでしあわせなんやって思っててん」
「じゃあ私と……」
「あかん、俺にいわせて」
竹田君に手で口を押さえられた。
「春田さん。俺と付き合ってください!」
竹田君は多分、握手を求めるように手を伸ばしていると思う。
私は手探りで竹田君の手を探し、
「よろしくお願いします」
しっかりと握った。
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