恥ずかしいトラブル

1/1
前へ
/5ページ
次へ

恥ずかしいトラブル

 その日、結局竹田君は学校に帰ってこなかった。   次の日、朝、竹田君は松葉杖をついた美希ちゃんと一緒にいたみたい。  それを聞くと、やっぱり胸がチクチクする。 「春田さん、おはよう」  美希ちゃんを教室まで送ってきただろう竹田君が、いつものように私の席に来てくれる。 「おはよう。あのね、昨日は変なこといってごめんね。なんだか新しい環境のせいか、バタバタが続いてイライラしてたみたい。竹田君にあたってしまって、本当にごめんなさい」  一気に言った。途中で止めれば『私は竹田君に心配される美希ちゃんが羨ましい』といってしまいそうだったから。 「そんなんいいって。環境変わったし、目も見えへんくなってしまってるし、大変なのはわかってるって。俺でよかったら、いっぱいあたり」  竹田君が私の頭をぽんぽんと2回、優しく叩いた。 さっきまでのチクチクが溶けていく。 「竹田君って魔法使いみたい」  そういうと、 「なんでそ〜なる?」  楽しそうに笑った。  5時間目授業はいつも通り進んでいく中、私の体調はどんどん悪くなっていた。  お腹が痛い……。  原因はわかってる。トイレに行けば治る。  でも、この学校の多目的トイレは別の棟で、その前をよく人が通る。  できればそこは使いたくない。でも、そこでないと1人でできない。どうしよう……。  徐々に冷や汗が出てくる。  あと1時間我慢すれば、家に帰れる。我慢できない感じではない。  あと1時間、頑張ろう。  ふぅ〜っと大きく息を吐く。 「春田さん大丈夫?顔色悪いで」  竹田君が肩をトントンと叩く。 「だ、大丈夫……」  竹田君にだけは知られたくない。  必死に笑顔を作った。 「大丈夫ちゃうな」  竹田君が小声で言うと、 「なんか俺、体調悪くなってきたみたいやから、保健室行ってくるわ〜。悪いけど春田さんも一緒に来てくれる?」 「え?」  私がいうと、 「なんで春田さんも?」  クラスメイトがごもっともなことを聞く。 「俺ついてたのにさ、春田さんこけさせてしまって、今見たら、膝擦りむいててん。だから消毒液せなあかんくて。じゃ、そういうことやから、先生に()〜といて」  そういい、急いで私の手を掴むと教室を出た。  階段まで行くと、 「で、ほんまはどうしたん?」  竹田君が優しい声色で聞いてくれる。 「お腹、痛くて……」  本当は知られたくなかったけど、あんな嘘までついて心配してくれた竹田君に嘘はつけなかった。 「腹痛の薬持ってるけど、飲む?」 「ううん。その腹痛じゃなくて……」 「……あ!」  竹田君は察してくれたようで、 「多目的トイレは?」 「あそこ人目につきやすいし、学校ではイヤなの……」  わがままだとわかっている。でも誰かに知られれば学校中に知れわたってしまう。それが怖い。 「わかった。俺んち、おばあちゃんのために手すり付きのトイレやから来る?自転車で5分ぐらい。行けそう?」  私は急いで頷く。 「わかった。急ぐで」  竹田君に手を引かれ、駐輪場で自転車の後ろに乗せてもらう。 「髪型崩れるかもやけど、頭守るためにヘルメット被って。あと、安全運転で急ぐから、嫌かもしれへんけど、俺の腹にしっかり捕まっといて。いい?」 「わかった」 「じゃあ行くで」  自転車は動き出した。真っ暗な中、不安定な体勢で動くのは不安だったけど、竹田君にしがみついていれば少しは不安が和らいだ。 「しばらくまっすぐ進むで」 「はい!」  自転車はまっすぐ進む。 「もう少ししたら、右に曲がる」 「はい!」  自転車は右に曲がった。 「坂道でそのあと信号やから、止まるで」 「はい!」  坂道下り、信号で止まる。 「次は上り」「次は左」  動きが変わる前に言葉で教えてくれる。だからまったく怖くなかった。 「着いたで」  急いで自転車から降ろしてくれ、そのままトイレに連れていってくれる。 「手すりここやから、握っていきな。終わったら、廊下の一番奥の部屋におるから、そこ来て」  それだけいうと、竹田君はトイレの前から離れた気配がした。  私は手探りで手すりを伝い、トイレで用を足す。腹痛が嘘のようになくなった。  いうのは恥ずかしかったけれど、いってよかったと本当に思う。  廊下の壁を伝い、一番奥の部屋に入る。 「お茶飲む?」 「飲む」  腹痛のことに関しては、何も聞いてこない。それがすごくありがたかった。  手渡されたよく冷えたお茶を飲むと、喉を通る冷たさがとてもいい。 「竹田君、いろいろありがとう」 「いいって。困った時は……」  そう竹田君がいったので、 「お互い様」 「お互い様」  同時に私も言った。 「ぷっ……あははは」  竹田君が笑い、 「あははは」  私も笑う。  もう、私の中の気持ちを抑えることはできなかった。 「私、竹田君のことが好き」  自分でもびっくりするぐらい、自然に告白できた。 「……へ?」  少し間が空いて、竹田君の変な声がした。 「だから、私、竹田君が好きっていったの」  竹田君が美希ちゃんと恋人同士で、私はここで綺麗に振られて撃沈すればいい。  黙ったままなんて、もうできない。 「私は竹田君のことが好きだけど、竹田君は美希ちゃんと付き合ってるんだから、思いっきり私を振ってください」    振られるのって、もっと悲しいかと思ってたけど、案外スッキリする振られ方もあるのかもしれない。 「ちょ、ちょっと待って。話が見えへん」  竹田君の声は慌てている。 「え?春田さんは俺のこと……好きなん?」 「ええ、何回もいいましたけど?」 「で、俺と美希が付き合ってるって?」 「付き合ってるでしょ?」 「付き合ってないし!」  物凄く焦った声がした。 「え?この歳まで幼馴染っていったら、付き合ってるでしょ?」  私、何かおかしなこといった?  首を傾げた。 「なんの思い込みやねん」  そういった後、竹田君が大爆笑する。 「美希とは幼馴染やけど腐れ縁やし、美希には彼氏おんで」 「へ?じゃあ昨日、どうして病院、竹田君が一緒行ってていってたの?」 「彼氏と喧嘩してて、一緒に来てっていいづらかってんて」 「なにそれ」 「ほんまや。ほんまに、なにそれやわ」  2人して笑った。 「あんな、ほんまは俺、春田さんのこと一目惚れやってん。でもな、俺なんか不釣り合いって思ってて、一緒におれるだけでしあわせなんやって思っててん」 「じゃあ私と……」 「あかん、俺にいわせて」  竹田君に手で口を押さえられた。 「春田さん。俺と付き合ってください!」  竹田君は多分、握手を求めるように手を伸ばしていると思う。  私は手探りで竹田君の手を探し、 「よろしくお願いします」  しっかりと握った。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加