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第10話 こんにゃく
今日もいつも通り椿子の家で仕事をしてきた。もう慣れたとはいえ、今日はヘビィだった。今日は椿子から重い恋愛相談を受けてしまった。片想い中の相手がおり、クリスマスまでにどうしても付き合いたいらしい。
雨子は全く恋愛経験がない。相談する人物は間違えじゃないかと思ったが、ネットでかき集めた情報をまとめて、椿子のアドバイスした。男は喜んでいる女、自立してるが頼る女が好きらしい。それを目指しれみれば?と偉そうに言ってみたが、内心説得力は全く無いと思っていた。
「委員長は、恋してる?」
しかし、椿子はこんなアドバイスでもお気に召してくれたらしい。雨子の恋愛経験を聞いてきた。
「い、いや。秘密!」
そう誤魔化すしかなかった。中学の時はイケメンの数学の先生が好きだったが、生徒に手を出すわけもなく(※犯罪者になる)、さっさと結婚していた。
そんな事も思い出し、すっかり疲れてしまった。熊野のおでん屋へ行くが、珍しくテイクアウトで済ます事にした。
「委員長、疲れてね?」
「うん、今日は色々メンタル削られた」
といっても椿子のことはペラペラ話すわけにいかない。雇用主のプライバシーは侵害してはいけない。
今日はテイクアウトをするだけだが、一応カウンター席に座り、おでん鍋を眺める。今日は関東風の出汁で色は濃いめだった。大根もちょっと色黒。スープに浸かり、柔らかくなっていた。他にも玉子、ちくわ、はんぺん、こんにゃく、じゃがいもがスープにつかり、美味しそうだった。こんな仕事後は、余計にお腹がすく。
「今日はどうする?」
「とりあえず、全部くれない? 一種類ずつ」
「おぉ、今日の委員長は太っ腹!」
熊野はケラケラ笑いながら、テイクアウト用の器におでんをよそっていく。
静かだった。スープを注ぐ音が響く。いつのまにか夕方から夜になったようで、遠くの方から聞こえていた。
「ところで、今日の推しはなに?」
「そうだな。今日は、こんにゃく!」
「こんにゃく?」
雨子は三角形のこんにゃくを見る。色は灰色だった。表面がツヤがあり、ブヨブヨしていない。インスタントのおでんのこんにゃは、歯応えは苦手だったが、これは美味しそうなこんにゃくだった。三角形も、いかにもおでんっぽい。
「こんにゃくは体の砂祓いっていうことわざがあるね」
「へえ」
「実際、こんにゃくは栄養素が豊富で、身体の悪いものを払ってくれるしね。血糖値も上がりにくいから、ダイエットにもいいよ。まあ、委員長は痩せてる方だけどね」
そんな事を言われてしまうと、食べたくなる。おでんは比較的ヘルシーな料理だが、体重を気にしないわけにはいかない。
「俺もダイエット頑張ったんだ」
「そういえば昔より痩せたよね」
「うん。委員長に褒めてほしかったし」
「え?」
なぜかここで話題が自分に飛び、雨子は戸惑う。
「どう言う事?」
「中学のときさ、委員長に勉強見てくれたじゃん? その時、いちいち褒めてくれたのは嬉しかったよね。ノートのチェックも毎回褒めてくれた」
そんな事あったっけ?
雨子は全く記憶はないが、熊野は顔を真っ赤にして鼻の頭を擦っている。この狭いおでん屋の屋台の中が、妙なムードになってきた。湯気の熱にやられてしまったのだろうか。
「まあ、こんにゃくはダイエットにいいから。血糖値的に一番最初に食べるといいよ」
「え、ええ」
雨子は戸惑いながらテイクアウトの袋を受け取り、家に帰った。
家には他の家族は帰っていなかった。おそらく全員仕事だろう。
食卓につき、おでんを食べ始めた。
まずは、熊野に言われた通り、こんにゃくを食べる。つるっと滑らか。正直、味は薄いが、濃い関東風のスープとよくあう。ぺろりとあっという間に食べてしまった。見た目は地味なのに、これは立派な主役だ。
おでんを食べながら、熊野の顔を思い出す。確かにあの男も地味系だが、こんな美味しいおでんを作れる。
「熊野って主役?」
なぜかそんな言葉が溢れた。
中学の時はモブキャで背景と同化していた。でも今は、くっきりと浮かんで見えた。むしろ、ちょっと光って見える。笑顔で美味しいおでんを作り、雨子にふるまっている映像が浮かぶ。
「え?」
自分の気持ちに戸惑う。頭の中は、熊野に占められていた。
この時、料理上手の女性に惚れる男性の気持ちがわかってきた。
どうやら胃袋を掴まれてしまったらしい。
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