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第7話 ちくわ
初仕事は、想像していたものと違った。近所の椿子の家に行き、大きな洋館で家事手伝いのはずだったが、実際は椿子の子守だった。
椿子の両親は海外で仕事をしているようで、ほぼ一人で暮らしているらしいが、家は汚部屋状態だった。食べカスはもちろん、趣味のアニメグッズや人形なども散乱し、匂いも悪く、地獄絵図だった。その掃除をしながら、椿子の悩みを聞き、励ますという仕事をした。
椿子の見た目はお嬢様だったが、中身は中学生から成長していないようだった。勉強や恋愛のな愚痴を延々と聞かされ、時には泣かれ、「この仕事って子守だっけ?」と首を傾げたくなるほどだった。しかし、向こうも「委員長〜(大泣)」頼ってくるので、ついつい中学の時のようなキャラを作り、仕事をこなした。
正直、疲れた。残業にもなり、夕方過ぎまでダラダラと椿子の相手をしてしまった事で、さらに無駄な体力を使った気になってしまった。もっとも椿子は自分の事しか考えておらず、今の雨子の状況などは突っ込んではこなかったが。
「初仕事どうだった?」
仕事が終わり、家で少し仮眠したら、すぐに熊野のおでん屋に直行した。久しぶりに昼間に働いて、身体も絞りカスのようになっていたが、熊野の店だけは、どうにか行けた。
「つ、疲れた」
本音しか出ない。それにお腹も減っていた。目の前には大きなおでん鍋。今日も関西風のスープにようで、ふわりと良い香りが漂っている。
鍋の中は、大根、玉子、タコ、牛すじ、練り物などが煮込められていた。雨子と熊野の間にはふわふわと湯気が漂っていた。まだ秋だが、今日はいつもより寒い。この暖かな湯気を見ているだけでも身体が温まりそうだった。
「でも、久々に労働の後のご飯は良いものだよ。きっと、いつもとは別の味がすると思う」
「そうかな?
「まあ、あんまり労働の後の食事が美味しすぎると、社畜コースまっしぐらだから、俺としてはおススメしないけどねー」
熊野はそう言いながら、器にスープと大根をよそり、雨子の目の前に置く。いつの間にか特に注文しなくても、最初は大根が出てくる事が多くなった。
「まあ、社畜にはなりたく無いかな。まあ引きこもりから第一歩はこれぐらいのステップが良いと思うしね」
雨子はそう言い、割り箸を割る。さっそく大根を箸で割る。大根はしっかりと味が染み込み、頬の中でとろけた。
「ところで、推しおでんは決まった?」
「それが悩むところ。煮詰まっちゃうy」
今のところ、推しおでんは決まっていなかった。
「じゃあ、今日はちくわを推しとこ」
熊野は再び、器にスープを注ぎ、ちくわをよそった。
ごくごく一般的なちくわだったが、まさに普通。茶色い焼き色を見ていると、食欲がそそられたが。
「ちくわは実はかなり人気なんだ」
「へー」
「実はうちの練り物系は、全部地元のお店から仕入れてるんだ」
「ほー」
さっそく、ちくわを食べる。しかし、想像通りの味だった。もっちりとした食感は、確かに美味しかったが、人気があると言われたら、大根の方が勝ちそうだった。これは好みの問題だろう。そう言えば、だんだんと自分の好みがわかってきたと気づく。野菜系の方が好みのようだった。やっぱり大根が一推し?
「実は俺、隠れた特技があるんだ」
「え? 特技?」
熊野はなぜか顔を真っ赤にし、ちくわを手に持った。鍋の中のちくわではなく、新しいものだった。
それを縦笛のように持ち、本当に演奏し始めてしまった。
意外と良い音がする。高めで可愛らしい音だ。曲はチャルメラを演奏していて聞きいってしまった。ちくわが楽器になるとは信じられなかった。
「すごーい!」
演奏し終えた熊野に拍手を送った。隠れた特技だ。しかもこんなユニークな特技があるとは、素直に面白い。
「こんなパフォーマンスをすると、お客さんが意外と喜んでくれるんだよね」
「そうだよ、楽しいよ!」
初出勤の後で疲れていた気持ちが、一気に吹き飛んでしまった。それに、ちくわも普通の食べ物にも思えなくなってきた。楽しい。
「俺の演奏こみだと、ちくわは上位だね。むしろ今のところ一位」
「やっぱり。これは楽しいもの」
再びちくわを食べたが、気分は華やいでいた。より美味しく感じてしまう。
「委員長、食べ物っていうのは、味はシチュエーションにだいぶ左右されるんだよ。独りで汚部屋で寿司食っても美味しくないから」
「そっか。そうだろうね」
「仕事も嫌なことあると思うけど、シチュエーションが悪かっただけの事もある。その人の実力とか努力ではどうしようも無い時もあるから」
熊野はそういうと、お鍋の中の玉子をチラリと見た。まだ玉子不足は続いていおり、値段も200円のままだった。
「そっか。どうしようも無い時もあるね」
雨子も気が抜けてくる。
「うん。人間の力だけで頑張ったなんて思わない方がいいよ。それで実力以上の事に手を出して、余計な事する老害っていっぱいいるから」
「はは、老害ね」
「人に必要な仕事って本来少ないんだよ。人間に必要なく、余計な仕事を作る人が実は一番儲かるけどね。ほぼ詐欺だし」
「そっかぁ」
「そうさ」
確かに味とシチュエーションは関係あるかもしれない。仕事後で疲れていたが、やっぱり労働後のご飯は美味しい。それに熊野とこんな風に会話しながら食べるのも楽しい。
自分は独りでは無いのかもしれない。そう思うと、余計に美味しい。
「ねえ、もう一回、ちくわの演奏聞かせてくれる? あれ、本当の楽しいよ」
「ふふ、委員長もハマったね」
熊野は顔を真っ赤にさせながらも、もう一度演奏を始めた。
可愛らしい音を聴きいていると、心が華やいできた。
「素敵だったよ!」
演奏を終えた熊野に、再び大きな拍手を送った。
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