第1話 おでん屋さん

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第1話 おでん屋さん

 秋村雨子は、昼夜逆転生活を送っていた。今年二十一歳になったが、大学に馴染めず、退学してしまった。今は何もしていない。いわゆる引きこもりニートだった。  親はそんな雨子を異常に思い、精神科に連れていったが、よくなる様子はなく、通院も服薬もスルーしていた。よくよく調べると、精神科もかなり問題があるようで、関わりたく無い。そもそも精神科に行って完治した人の声を全く聞かない。対処療法なのだ。雨子は行っても無駄だろうと、すぐに見切りをつけた。何事も結果が無い事をするのが嫌だったし、なぜか医者だけは結果が伴ってなくても許されているのも謎だった。  そうはいってもニート生活は、そこそこ充実していた。別にお酒やギャンブル、ホストに貢いでいるわけでもない。家事もそこそこ手伝っているし、犯罪を犯しているわけでもない。ただ、家にいるだけで奇異な目で見られるのが、心底疑問だった。また、犯罪者やヤンキーは手厚く保護され、社会復帰しやすいのもわからない。雨子のように単に環境に不適応を起こしてだけの人間は、意外と復帰する手段はなかったりする。気ままなニート生活だったが、心の底では、怒りや不満のようなものが煮詰まっていた。  何も悪い事をしていないとはいえ、近所の目は気になり、すっかり昼夜逆転生活になってしまっていた。両親はもうすっかり諦めていたが、田んぼや梨畑だらけの田舎では、人の目はザックリと突き刺さる。  最近は、深夜に出歩く事も多かった。上下とも黒いジャージに黒いパーカー姿の雨子を見て、誰も女とは思えないだろう。それにこんな田舎の夜道はヤンキーと酔っ払い風のサラリーマンぐらいしかいない。たまに警察が徘徊していて職務質問をされた事もあったが、今ではすっかり警察とも顔見知り。かえって安全なぐらいだった。  今日は田んぼや畑が多い地区から、駅前の方まで歩いてみる。秋の風は少し冷たいが、人目よりは優しい。ほんの少し欠けた月が夜空の浮かんでいる。バタークッキーのような色合いで、ちょっとお腹が減ってきた。駅前にあるコンビニにでもいこうか。最近はセルフレジも増えて、雨子のような存在にも優しい。バイトも美容院も一年以上行っていないが、別に何の問題も無かった。  駅前の方に行くと、何人か酔っ払い風サラリーマンが潰れていた。お世辞にも綺麗な姿ではないが、もう何とも思わない。社会の底辺にいる自覚がある雨子は、いつの間にか人の失敗にも甘くなっていた。  一日中暇だからSNSを見ている事もあるが、他人を叩いている人間は共通点がある。それはやりたくも無い仕事をし、不満を抱えているという事だった。自分より低い立場の人間を叩き、プライドを保っているのだろう。その証拠に仕事を楽しんでいる人は、営業以外ではSNSなんてやってないし、他人に構う暇もなさそうだった。雨子もニートの日常を綴ったSNSをやっていたが、毎日のように悪口が届く。しかし、その全員が不幸そうなのでスルーしていた。むしろ、可哀想に思えてしまった。  駅前のコンビニは夜のくせに少し混んでいた。おそらく、残業後のサラリーマンが買い物しているのだろう。  引きこもり生活中の雨子は、混んでる店に入るには躊躇してしまう。別に何も悪い事はしていないのに、人目は気になる。お腹は減っていたが。このコンビニに入るのはやめ、駅前商店街の方を歩く。昔ながらの田舎の商店街で、閉店している所も多い。今は夜で誰もいないが、閑古鳥の声が聞こえそうだった。ここから車で十分ぐらいの場所に大手スーパーとモールがあり、客もそこへ吸い取られているのだろう。雨子もこの商店街で買い物をするメリットは見出せなかった。  ふと、鼻に出汁の良い香りが届く。うどんか蕎麦屋でもあっただろうか。雨子はぐるりと商店街を見渡すが、遠くの方に赤提灯が見えた。何か屋台が出ているようだ。その良い香りにつられるように屋台の方に向かう。商店街の端の方におでんの屋台が出ていた。  昔ながらの古ぼけた屋台だった。カウンター席は小さな丸椅子が三つでていた。夜なので、赤提灯の灯りが目立つ。屋台は全体的に淡い光に包まれ、夜空の月のようにも見えた。赤い提灯には「推しおでん」という文字が入っていたが。  推しおでん?  推しというと、自分のお気に入りのアイドルや漫画キャラクターの事をさす。それだけでなく、ファンになる対象は全部そうだ。雨子はヲタクでは無いが、それぐらいの言葉の意味を知っている。「推しおでん」という店名なのだろうか。変わった店だが、出汁の良い香りに食欲は刺激されていた。  この秋風の中、温かいおでんなんて絶対美味しいだろう。雨子はお酒は飲めないが、おでんと日本酒の組み合わせはなんて最高と聞く。もう頭の中は、おでんでいっぱいになっていた。  そうは言っても、今の身分だと屋台で食べるのはハードルが高い。今の雨子の大人スキルでは、注文もタッチパネルでできるファミレスが限界だった。対面式で屋台でおでんを食べるのは、ハードルが高すぎる。でも、おでんはたべたい。  そのジレンマに困っていたら、屋台の内側から店主が出てきてしまった。  逃げようと思ったが、もう遅い。 「あれー? 秋村委員長じゃん!」  しかも店主は元同級生だった。詰んだ。
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