ひとりデート 立花繭子 35歳

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 今日は念願のデート日和。  幸い天気も晴れ、空には程よく雲も有り暑くない。快晴って響は良いけど、お肌のことを考えるとただただ迷惑この上ない。  もう今年でアラサーを卒業し、アラフォーになる私。彼と別れたあと、私は新たな出逢いを見つけるため上京した。  そこで新しい恋人を作り彼を後悔させるはずだった・・・・・・。 「もう今年で35なんだから、しっかりしろ立花繭子!?」  私はいつこの名前と同じ繭から抜け出し、一人の大人の女として羽をヒラヒラとさせて自由に舞うことが出来るのだろうか。  今年もこの日が来た。  有給休暇を取り、私は一人でデートをする。東京の新宿から新幹線のぞみに乗り込むと、予約したグリーン車の席を探す。初めてじゃないにしても、やはり毎回窓口で、一人で二人分の切符を買うのは一苦労だ。  今回も例にも漏れずそうだった……。 「おひとり様で宜しいでしょうか?」 「いえ、彼も来るので二枚で、同じ席になるようにお願いします」 「二枚ですか?」 「ええ、何か?」 「連れの方は・・・・・・」 「二枚でお願いします」 「かっ、畏まりました」  無理が有ったかもしれない。どう見ても私は一人、仮想の彼を連れて旅をする。ひとりデートの変な女にきっと彼女には見えていたかもしれない。眼鏡の奥から疑うような眼差しで終始見られていた気さえする。  まあ、それならそれでいい。 「誰にも二人の時間を邪魔されたくないっちゃけんね」  こう言う時に限り地元言葉が漏れる。小型のキャリーケースをコロコロと転がしながら、ブツブツ小声で独り言を言うまでに私はなっていた。学生の頃は独り言を呟く大人が理解出来なかったのに、まさか自分がそうなるとは。  それを聞いていた学生やら、カップルがクスクスと笑う。  これぞ定型じゃ無いが、グリーン車の私と彼の為に予約した席に、見知らぬ男が座っている。  不思議なものだ。学生時代に見たある光景を思い出す。とあるオバサンが勝手に自分の指定席に座って居る男を見るなり、堂々と抗議したのだ。例え相手が強面のオジサンであろうが、恫喝し、自分の席を自分の力で取り返したのである。同じ女性としてそれを見た私は、感動したのを覚えている。  そんなウブだった私が今では、全く同じことをしてるのだから面白い。  さっきのブツブツの小声の女が大声を上げたもんだから、先程笑っていたカップルの男の方は沈黙したのか、女の子の声しか聞こえなくなった。女学生達からは拍手と共に賛美が聴こえてきた。『カッコイイ』と、そう私ももうそんな歳なのだ。  時代は流転する。  あの子達もやがては私のような大人になるのだろう。  潔癖じゃないが、先程知らない男の座った席をアルコール消毒する。自由席のチケットしか持っていないのに、人が居ないことをいいことに、いけしゃあしゃあと我が物顔で席に着く態度は本当に信じられない。大人として恥をしれ、恥を。 「此処は彼の席なんだから」  誰も居ない隣の席も同じように倒し、正面の折り畳み式のテーブルも同じく倒すと、同じように井藤縁の「あーね粗茶」を彼氏の席にも置く。  気分転換にペットボトルの蓋を回すと、一口二口三口と喉の渇きを潤す。  息を吐くと、鼻腔にほうじの香りが余韻のように残る。私は緑茶よりもほうじ茶のほうが好きだ。特に電車に乗る時は必ずと言っていいほど選んでしまう。  偶には緑茶にしよう、そう思って自販機の前に立つのだが、ガタンと落ちて来るのは矢張り中身が茶色の液体で満たされたペットボトルだ。ああーーまたやってしまったと後悔するのだが、その時には時すでに遅く、続けざまにチャリチャリチャリチャリンと小銭が落ちてくる。お茶と交換されたお金はもう戻ってはこないのだ。  仕方なしに小銭を回収すると、後ろに並んでいる人へ自販機を譲る。  『んっんんーー』準備もようやく出来たので私はシートの上で伸びをする。そして身体の全ての体重を座席に預けると、不思議と瞳を閉じる。何故か新幹線のシートは安心してしまうのだ。  まだデートは始まったばかりだと言うのに、私は何度も欠伸をする。 「繭は俺といると、いっつも欠伸をするね。俺と居るとつまらない?」  ……そう彼に言われたことを想い出す。  欠伸をするのはつまらないから?  自分といると退屈だから?  そうやって思う人がいるけれど、ううん、決してそうじゃない。欠伸ができるくらい安心できるんです。心を許せる相手がいるから無防備に口を大きく開けることができるんです。  もう一度お茶を口に含んだあと、ふぅーーっと二度目の息を吐いた所で、車輪がゆっくりと動き出す。振動が尾てい骨の辺りに響くと、次の列車を待つ人を横目に、のぞみは徐々に速度を上げていく。窓に映る人々の姿はフラッシュバックしたかのようにやがて視界から消えた。  私と彼のデートの旅は始まったばかり、目的地に向けて列車は私達を乗せて行く。右手をそっと伸ばし彼の手を握るそんな動作をする。傍から見れば存在しない彼。でも私の眼には確かに私を見詰める彼がそこにいる、そして力強くぎゅっと握り返す感触も同じように感じるのだ。  幸せを噛み締めて微笑んでいたところ、デートを楽しむ邪魔が入る。携帯をマナーモードにしていても、膝ポケットの中でそれは激しく揺れている。 「もう、せっかく楽しんでるのに邪魔しないでよね。一体・・・・・・(お母さん)」  
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