ひとりデート 立花繭子 35歳

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 仕方が無く席を立ち、私はデッキまで移動すると、電話に出ることにした。ウチの母は繋がるまで延々と掛け続ける傾向に有るからだ。早く用事を済ませて、デートの続きを満喫したい。  ピッ 「もしもし、どげんしたと?」 「もしもしじゃないと、なんばしよってん。どして行かんかったと?」 「ああ、そげんこと」 「普段忙しい人なのに、あんたん写真見てせっかく会うてくれる言うて、時間作ってくれとうに、なんであんたはそげなことしよっとん、とってもええ人やったとよ」 「行かんかったのは悪かったとよ。けんど、彼が・・・・・・」 「まんだあん男のこと忘れられんとね?」 「・・・・・・・・・」 「あんたんこと見捨てて居ねくなったでねーーか」 「・・・・・・・・・」 「どげん頑張っても結婚できんとよ」 「・・・・・・・・・」 「あげく勝手に飛行機ん乗って、仕事だか知らんけどあんたば選ばず居なくなった男よ?せやから、ああな」 「せからしか、彼んこと悪く言わんで、彼んこと何知っとーとよ」 「・・・・・・・・・」 「今うちデートばしようと、せやから切るけん」 「あっ・・・・・・待ち」  ピッ  私を置いて海外に飛んで行ったのは、ウチが一番分かっとーよ。やけど、今でもすいとーとよ。せやなければ、もうひとりデートなんてしてないけんね。  忘れよう忘れよう、もうあん男ん事は諦めよう、そう何度も何度も誓うたのに出来んけん。 「なんでやろねーーこんな一途で美人の女を置いて行ったんに」  自分で言うのもなんだが、私はそれなりにモテる。もう決して若くないが、今でもよくナンパをされる。社内でも、会社主催のパーティでもよく男性に声を掛けられる。  付き合ってもいないのにほぼ毎日確認する留守番には酔った勢いで呟く悲しき男の声。パーティで知り合っただけなのに、アリタ前で愛を叫んだ男。あれは正直退いた。まだお付き合いもしてないのに・・・・・・スカイツリーでサプライズな宣言をする男。  私は恋に恋をしたいんじゃない。好きな彼にただただ振り向いて貰いたいだけなのだ。  分かってる、もう遠くで暮らす彼と一緒になれんのは分かってる。 「分かっとーーそげんなこと一番ウチがわかっとぉ・・・・・・」  せっかくの窓の景色も眺めることなく、気が付けば、私は泣いたあと眠ってしまっていた。特にあの頃の夢を見ることもなしに。  目が覚めた頃には、二人の目的の駅の一つ前まで辿り着いていた。  もうすぐ東京からの約5時間の旅が終わろうとしている。目的の駅に間もなく到着する。 「博多〜〜博多です。ご乗車有難うございました。お忘れ物のないようにお願い致します。」  We will soon arrive at Hakata. At left side door will be opened.  Please take all your luggage and personal belongings with you.  プシュー  もちろん、電車での旅が終わっただけで、私のひとりデートが終わったわけじゃない。これからが本番で、彼と一緒に目的の場所に向かうのだ。  改札を抜けると、タクシーを拾う。以前来たよりも若干タクシーの数が減ったように見える。目的地を告げると、初老の運転手はなれない手つきで、画面に住所を入力すると、ゆっくりとシフトレバーを動かすと、ナビの案内に従いハンドルを右へ左へと動かし、道を進みはじめる。 「何処から来られたんですか?」 「東京からです」 「どうりで、お綺麗なわけだ。随分遠いところから、大変だったでしょ、今日は特に真夏で暑いし」 「いいえ、新幹線に乗って来たので快適でした。それに元々地元がこっちなので、遠い旅は慣れてます」 「そうですか、私は地元が東京でしてね。妻がこっちの人でしたから、こっちで働いているって感じです。別嬪さんなわけだ。福岡の人はお綺麗な人が多いですからね」 「いえ、そんなことないです。あっ、自分の奥さんが綺麗ってことで言われてます?」 「あっ、いや、痛たいところをつかれましたな。そういうことにしておいてください」 「ええ、そういうことにしておきます」  車の中はクーラーで涼しかったが、車の臭いが苦手な私は窓を開けた。窓を開けた瞬間熱風とともに、夏の風物詩の音がけたたましく耳に入り込んできた。 「凄い音でしょう、今年はね~~特に増えた感じですよ」 「そうですね。蝉もそうなんですけど、なんだか以前よりも緑が増えた気がしますね」 「年々人が減る一方だからでしょうね~~人が減ることで自然が戻っているのでしょう」 「ああ、なるほど」 「ところで今日はお一人ですか?」 「はい?」 「いえ、旦那さんは東京でお留守番で、あなたはお一人で帰省なのかなと」 「ああ、なるほどそういうことですか。私まだ未婚ですけど」 「ああ、これはまたまた失礼なことを」 「いえいえ、大丈夫ですよ。今日は彼とデートなので」 「彼と……ですか、ああ、なるほど」 (ピピッ もうすぐ目的地へ到着します) (目的地到着です。音声案内を終了いたします。) 「〇〇〇円になります。お荷物等忘れないように。あっ、あと此処だとあまりタクシーが通りませんから、名刺を渡しておきます。電話をいただければ、またお迎えにあがりますよ」 「ああ、これはご丁寧に、ありがとう御座います」 「いえいえ、階段はね昨日の雨の後で滑りやすいみたいだから、気を付けてくださいね」 「はい」  私はタクシーを降りると、階段を上る。  彼が待っているあの坂の向こう側へ。
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