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目の前に、九条愛子が立っている。
今となっては当然のように受け入れているが、こうして同じ舞台に立っていることが時折、信じられない。
しかも、互角に渡り合ってお芝居をしているなんて…。
いつも何かを企んでいて、私の足を引っ張ろうとしている愛子と対面するのは、別の緊張を生む。きっと今も、どうやって私を罠に嵌めるか目論んでいるに違いない。
でも、私も女優だ。
カメラが回れば、雑念はパタリと消えていく──。
「姉さんが私を捨てたのよ、私のことを捨て去ったんじゃない!」
しかし、セリフが違う。
「あの日、私の手を振り払ったのは姉さんのほうじゃない!」
あぁ、そういうことか。
私はすぐに、愛子の魂胆を察知した。
このままじゃカットが入るが、そうはさせない。
小さく息を吐くと、私は完全に役に憑依したんだ。
「それは違うっ、それだけは違の!」
「えっ…?」
「あなたも連れて行きたかった、一緒に連れていきたかった!」
最初のセリフとは異なるが、きっとこの役ならこう言うはず。
頭で考えることなく本能で動き、途中で止められることなく最後まで演じ切った。
カメラが止まると、愛子が血走った目でこちらを睨みつけている。
精々、悔しがるといいわ。
あなたの嫌がらせには、絶対に屈しないから。
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