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今日は朝から緊張していた。
あまり眠れなかったくらいだ。
しかし松永は「今日もよろしく」と、いつもと変わりがない。
意識しているのは自分だけだと分かり、今度は情けなくなってくる。
今から、キスシーンの撮影だった。
リハーサルの最中も、松永は涼しい顔で監督の説明を聞いており、どこか上の空の私とは根本的に違う。
この人にとっては、ただの演技。
それなのにフワフワしている自分が惨めで…。
でもカメラが回ると余計な雑念を振り払って、お芝居に臨む。
近距離で見つめ合い、唇が重なる前に松永が私の手を取る。
──!?
その手は、異様に汗ばんでいた。
途端に、体の強張りが溶けていく。
「君を愛してる」
「──私も、愛してる」
静かに重なり合った唇は、初めからそうなることが決まっていたかのようで。
カットの声が掛かるまで、私たちは一つに繋がっていた。
「悪い、汗が気持ち悪かっただろ?」
「そんなことないです」
キスが解けると、一気に気恥ずかしさが襲ってくる。
「緊張すると、手汗が出るんだよ」
「松永さんでも緊張することあるんですね?」
「俺をなんだと思ってる?ちゃんと熱い血の通った人間だ」
「えっ、そうだったんですか?」
大袈裟に驚いてやると、松永が腕組みをして目を細めた。
「なかなか言うな、これだけ世話をしてやってる恩人に向かって」
「すみません…」
「お詫びに、飯に付き合え。たまには子供抜きで」
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