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私は泣いていた。
自在に涙を操ることができるが、今日ばかりは次から次へと溢れてくる。
なぜなら、悲しみに打ちひしがれているからだ。
「まさか、こんなことになるなんて…信じられません。事故に遭う前も、映画の公開が楽しみだって言ってたのに…どうしてこんなっ、こんなこと…」
そこで堪えきれず、両手で顔を覆って嗚咽を漏らす。
フラッシュが瞬く音に包まれて、今この瞬間は私が世界の中心だった。
独壇場だといってもいいほどの注目を、嫌でも浴びる。
なぜなら、フィアンセが大きな事故に巻き込まれてしまった…。
「情報によると、女優のAYANOさんを庇ったということですが?」
「…分かりません。確かに彼女は松永の事務所に所属していて、あの日も様子を見に来たんです。でも私に会いに現場に、それで…あんな目にっ」
「松永さんに向けて、何か一言ありますか?」
記者の質問に、力を振り絞って顔を上げる。
今、私は涙でひどい顔をしているだろう。
けれど、誰より美しいはず。
「きっと、意識が戻ると信じています」
真っ直ぐに訴えかけた。
なにも演じる必要はない。だって本当に『悲劇のヒロイン』なのだから…。
しかし、誰も知らないだろう。
私の涙は、本当は嬉し涙だということに──。
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