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「愛子さん、仕事のオファーが殺到してて…」
マネージャーの典子が、現場で私に耳打ちをする。
手放しで喜ばないのは、私がそうするようにきつく言い聞かせているからだ。
分かりやすく言うと、喪中。
喪に服しているように、暗さをまとうこと。
そうすれば、周りが皆んな気遣ってくれるんだ。
そして、懸命に支える私を労わり、励まし、応援してくれる温もりは、なかなか心地の良いものだった。
「そろそろいくつか受けたほうがいいわね」
「でも、松永さんが目を覚ましてからにしたほうが?」
「どうして?」
「どうしてって…まだ気持ち的にも落ち着かないでしょうし」
「だからどうして私の気持ちが落ち着かないと思うわけ?」
「だって、大切な人があんなことになって…」
典子が動揺しているのは、私が落ち着き払っているからだろう。
「今がチャンスじゃない」
「…チャンス?」
「世間は九条愛子に好感を抱いている。だからこれが長引けば長引くほど、私の価値は上がっていくということよ」
「そ、それって…?」
なぜか典子の目に、怯えが浮かぶ。
「このまま目を覚まさないほうが、良いと思わない?そうすれば、仕事に困ることもなくなるんだから」
そう言うと、ぎょっとしたように目を開いた。
まるで、化け物でも見るように…。
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