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わたしがミナちゃんの話をすると、教室は水を打ったように静まり返った。水はしだいに波紋のように広がり、やがてざわざわと教室中をかけめぐる。
「七見さん、白湖さんの話は――」
「どうしてですか? 卒業式にミナちゃんがいないのはおかしいと思います。だってそうでしょう? 急にいなくなっちゃったなんて、絶対に信じられない。先生はミナちゃんが行方不明でも気にならないんですか?」
白湖美奈(しろこ みな)。クリスマスの夜に行方不明になった少女。わたしの友達。
「七見さん。繰り返しますが、白湖さんの話は、白湖さんのご両親と警察との間で済まされております。学校は関与しません」
「済ませてるって、そんな言いかた……」
「なので、先生に訊かれても答えられません。何も知らないので。校長先生に訊いても同様です。何も知りません。いいですね、七見さん」
わたしは無言で席についた。
どうして誰もミナちゃんのことを話したがらないのだろう。ミナちゃんが心配じゃないの? みんな六年間も一緒に過ごしたっていうのに。
「――では帰りの会はこれで以上です。みなさんさようなら」
「さようなら」
十人十色の声が六年一組の教室に飛び交う。がらがらと引き戸の音がし、正道先生が教室を出る。ほかのクラスメイトも続々と教室を後にする。まるでミナちゃんの話なんて聞かなかったかのように。
わたしは悔しかった。大きな声で言いたかった。
――ミナちゃんをさがしてよ。ミナちゃんと一緒に卒業しようよ!
でも、できない。なぜかっていうと、わたしが意気地なしだから。
わたしはランドセルを開き、帰り支度をする。配布物のプリントをぐしゃっとつぶしたくなった。どうしようもない怒りを誰かにぶつけたかった。でも思うだけで実行はしない。クリアファイルにプリントをはさみ、ランドセルに入れる。あと、今日の宿題のノートと教科書も入れる。
ランドセルのふたを戻してロックをかける。少し傷ついたピンク色のランドセルを見て、わたしはふとミナちゃんのことを思い出した。
◇
「ナナミちゃんのランドセルいいなあ。ピンクかわいいし、ななみちゃんににあってる」
「え、あ……ありがと。え、えと、しろ?」
「あたし? しろこ。しろこみな。ミナちゃんってよんで」
「しろこ……さん?」
「めずらしいみょうじだよね。うんうん。あたしもそうおもう」
「ななみもわたしのかぞくいがい、いないよ」
「そっかあ。おそろいだね、あたしたち」
「おそろい……」
「そうだよ、ナナミちゃん。あたしたち、おそろい」
「えへへ、おそろいだね、しろこさん」
「もう、ミナちゃんってよんでよナナミちゃん」
◇
小学校の入学式の日に、はじめてミナちゃんと話した。わたしたちの町は小さいから、子供の頃からみんな知り合いだけど、ミナちゃんは小学校をきっかけに仲良くなった友達だ。ミナちゃんは入学式の一週間くらい前に、わたしたちの住む町に家族と一緒に引っ越してきた。
わたしは子供の頃から引っ込み思案で、友達ができなかった。公園に行って同じ年くらいの子に声をかけられなかった。そもそも外に出る機会もあまりなかった。わたしは自分の部屋でお人形遊びができれば、それでよかった。
――このランドセル、ミナちゃんだけがほめてくれた。似合ってるって。
わたしは嬉しかった。ミナちゃんの特別になれた気がした。
ミナちゃんは誰よりも綺麗で可愛い女の子。クラスどころか学校中の男の子が、ミナちゃんを大好きだった。でもわたしが一番ミナちゃんを好きだった。ミナちゃんもわたしが好きだった。
だって約束したから。クリスマスの夜にクリスマス会をやろうって。わたしたちふたりだけのパーティー。もしかしたら雪が降ってホワイトクリスマスになるかもねって笑っていたミナちゃん。
でもミナちゃんは約束の場所に来なかった。ミナちゃんが心配で、ミナちゃんの家まで行ったけど、夜遅いから帰りなさいって言われた。この日がわたしがミナちゃんを見た最後の日だった。
――ねえ、ナナミちゃん。クリスマスの日に好きな人と一緒に過ごすと、その人と一生一緒にいられるんだよ。
ミナちゃんのはにかんだ笑顔が忘れられない。ミナちゃん、どこに行っちゃったの。わたしをおいて。ミナちゃん。ミナちゃんに会いたい。会ってぎゅってして、あのときできなかったパーティーをしたい。
わたしはランドセルに突っ伏してちょっと泣いた。ミナちゃんに褒めてもらったピンクのランドセルに、涙が染みた。
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