59人が本棚に入れています
本棚に追加
/125ページ
安全ベルトが締まらないのに、先生はアクセルを踏みどんどん加速してゆく。ベルト未着用を警告する電子音が耳ざわりだ。
「犯罪行為だろ? 中学生を妊娠させちゃったんだから。いつもポケットに手錠を入れているのはそんな自分を戒めるためなんだとか。ハハハ……」
「反省してるんですね」
「だ、だれが?」
運転中なのに、先生は目を丸くしてわたしに振り向く。
「え……、その、ミラショーンさんが」
「アイツの辞書には『反省』という文字はないんだ」
偉大な真理を語るように先生は声を重くしていった。
「アイツの稼ぎで家族を食わせていけるわけがない。妻も子供も今はほかのオトコの姓を名乗っているのさ」
「ははあ……」
ため息交じりの変な声が漏れた。何と返したらよいのか、高校生のわたしにはわからなかった。芸術家さんってみんなそんなものなのかしらと思った。
バックルがカチッと音がして締まり、けたたましい電子音から解放されたのは、いくつもの信号とを過ぎ、目的地に到着する3分前だった。
最初のコメントを投稿しよう!