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第一章 ④
千鶴は台所に入ると、ねずみいらずの上の扉を開け、近所の骨董好きの老人から貰ったティーカップを二客、奥から引き出す。
そして、そのさらに奥から、こちらもいただきものの舶来品の紅茶缶を取り出した。
竹の茶匙でカップ分の茶葉を急須に入れ、熱いお湯を注ぐと同時に、用意していた砂時計を逆さまにする。
砂が落ちきるのを見計らい、お湯で温めておいたティーカップに紅茶を注ぐ。
いただきもののよい茶葉だけあり、注いだそばから、芳しい匂いが部屋いっぱいに拡がる。
どこか果実のような爽やかさも混じる甘い香り。
千鶴は紅茶のティーカップを中心に、小壺に入れた砂糖と醤油さしに入れた牛乳を盆に置くと、用意したそれを持ち、応接間へと向かった。
*
扉を三回指で叩き、入室の許可を得て、洋室の応接間に入る。
父と南山は向かい合って座っていた。
千鶴は上座に座る南山の方から紅茶をそっとテーブルに置く。
南山はそれににこりと微笑みながら礼を言う。
父の方にも紅茶を置くが、こちらは表情も顔色もあまりよくない。
それに千鶴は違和感を覚え、声をかけようとするが、南山から先に尋ねられた。
「君は、西野先生のお嬢さんでよかったかな」
「はい。千鶴と申します」
千鶴が頭を下げると、南山はそうか、と頷きながら、
「利発そうなお嬢さんでうらやましいな。私には息子しかいないから」
とまたしても千鶴に向かってにこやかに笑った。
どこか人を安心させるような笑み。外見は怖いが、内面はとても穏和な人であるようだ。
そんな少し失礼なことを考えながら、千鶴も笑顔を返していると、父が遮るように告げた。
「千鶴。お茶をありがとう。少し下がっていてくれるかい」
いつもの穏やかな声音とは違う、硬質な有無を言わせない声に、千鶴が父の方を見ると、父は両手を膝の上で組み、考え込むような苦しい顔をしていた。
「はい」
千鶴は父の様子が気になりながらも、その声に反論できず、言われるままに部屋を出た。
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