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第一章 ⑦
――それでも・・・・。
「お父さん、私のことを深く想ってくださり、ありがとうございます」
椅子の肘掛けをしかと握りしめた父のしわの多くなった拳を、千鶴は両の手で柔らかに包み込む。
その手の温かさに西野ははっとさせられる。
――いつぶりに千鶴に手を握られただろう。
幼い頃の千鶴は手袋をしていても手が冷たく、よく自分がその上から手を握り、温めていた。
しかし今、老いて冷たくなるばかりの自身の手は、千鶴の体温で温められている。
西野は刻の過ぎゆくことの早さに気づかされる。
「それならなおのこと、私はその方の元へ行きたいと思います。
南山様が私にご子息のことをお話になった時、慈しむような話し方に、お子様をとても大事に想っていらっしゃることが伝わってきました。
そのように誰かに心の底から大切に想われている方を、知っておいて放っておくだなんてできません」
千鶴は父の手をしっかりと握って座り込み、下を向く父親に目を合わるように見上げた。
その透き通った瞳は、昔、今と同じように西野の反対を押し切って、看護婦養成所に行きたいと告げられた時と同じ、自分の意志をどこまでも貫くまっすぐなもの。
この目を見れば、何を言っても決心が揺らがないことを父として、医者として西野は知っている。
そこにはもう、自分が守ってあげなければならない幼い娘の姿はかけらもないのだ。
すでに自分がこれからどう生きていくか、千鶴は自分自身で決めている。
大人になった子どもの意志に、父親が干渉することは許されない。
本来なら、千鶴は自分の制止を振り切ってどこへでも行くことができる、
けれど、父である西野の心を思いやって千鶴は許可を得ようとしているのだ。
それは思いやりであり、とても残酷なこと。
それでも、父も娘を思いやり、背中を押してやらなければならない。
西野がふっと顔を上げた視線の先に、額に飾られた色あせた雛菊の栞が目に入る。
昔、友人に貰った大切な宝もの。
――花の言葉は希望だったろうか・・・。
千鶴は自分とは違い、未来に望みをかけているのだ。
「わかった」
西野はのどから絞り出した声で告げると、千鶴の手を一度強く握り返し、ゆっくりとその手を離した。
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