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第二章 ①
若芽の息吹が空気まで清めているように感じられる気持ちの良い午後、一台の自動車が緑の小道を軽快に走る。
千鶴は南山家の迎えの車に揺られながら、南山から子息のことを聞いていた。
南山の子息の名前は桐秋。年齢は二十五歳。
桜病を患う前は、帝国大学の南山研究室で感染症の研究に従事。
その最中体調を崩し、桜病を発症していることが判明。
現在は南山家の敷地内にある離れで療養しているという。
桐秋に関する基本的な情報を一通り教えてもらった千鶴は、話の中で一つ、気になっていたことを南山に尋ねる。
「ほんとうに桐秋様は桜病なのでしょうか。桜病は終息したといわれていますが」
桜病は十年以上前に流行した病で、上流階級を中心として広がった感染症である。
肢体に桜の花びらのような紅い紋様が浮き上がり、桜が散りゆく頃に死ぬ。
その様から桜病と名付けられ、恐れられた。
しかし、感染方法が「接触感染」だったため、関わりの少なかった平民にまでは広がらず、発症が確認されてから数年のうちに沈まり、現在では新しい感染者の話も聞かれていなかった。
向かいに座る南山も感染拡大を押さえた功労者だ。
そんな桜病研究の権威である南山は、千鶴の言葉に首を横に振る。
「私もそうあればいいと思っているがね。あれは桜病の症状だ。
続く微熱に、咳や痰、のどの腫れといった気管支の不調。
なにより、色白い肢体に広がる無数の斑点。間違いないだろう。
それに、桐秋は桜病が終息した後も研究を行っていた。
もしかしたらその過程での事故かもしれない」
千鶴は南山の言葉に目を丸くする。
「終わった後も桜病の研究を行っていらっしゃったのですか。
なぜ」
「私にも分からんが、あの子の母親も桜病で亡くなっているから。
それが原因かもしれない」
「そうですか」
桐秋が終息した後も桜病の研究をしていたという事実に千鶴は驚いたが、聞かされた理由に一応納得し、頷く。
話をしているうちに、千鶴達を乗せた車は華族の住宅が並ぶ地区に入る。
そこは診療所のある下町の、木造住宅が多い町並みとは違い、レンガを用いた洋風建築が整然と立ち並ぶ。
建物は一つ一つが大きく、千鶴はその光景に圧倒された。
さらに通りを奥に進んでいくと、今度は、洋風の柵や壁が、居並ぶ木々を仕切るように囲んだ区画になっていく。
この辺りになると、家は林というより森というほうが正しいくらいの木々に囲まれ見えない。
おそらく途中、柵が途切れる場所が、一つの邸宅の敷地なのだろう。
その間隔も奥にいくにつれ、大きく、広くなっていく。
いったいどれほどの敷地なのか、南山家もその一角なのかと思うと、千鶴は無意識に座っている背筋が伸びた。
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