11人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
にこりはタイミングを計っていた。
朔太郎と連絡先を交換するタイミングだ。
朔太郎と隆輝の二人が合流したら直ぐに聞こうと思っていたが、隆輝と店主の女性が親し気に話し始め、呆気に取られてタイミングを逃してしまったのだった。
パンケーキが運ばれたら、またタイミングを逃しそうな気がする。
「あのっ」
勇気を出して、切り出す。
「ラ●ンの交換しませんか?」
「え、ラ●ン……とは?」
勇気を出したのに、朔太郎はピンと来ていない様子だった。
とぼけている訳ではない。今まで使っていなかったから、本当に分かっていないのだ。
隆輝が助け舟を出す。
「無料のチャットや通話が出来るアプリだよ。スマホ持ってる人の多くが使ってる」
そう言って、自分のラ●ンのホーム画面を見せた。
朔太郎は感心して、ほーと間抜けな声を出した。
恋は盲目、痘痕もえくぼ。そんな間抜けな声もにこりは可愛いと思った。
「ダウンロード方法から教えてやってくれ」
隆輝は丸投げした。
にこりにダウンロードからアカウント設定まで教示してもらい、朔太郎のスマホはラ●ンを使える状態になった。
ここまで来れば、メッセージのやり取りの練習という体でIDを交換する流れに持ち込むのは容易い。にこりは、ID交換の方法を実践を交えて教えた。
(や、やったー!)
にこりは、ついに朔太郎と連絡先を交換する事に成功した。
そこへパンケーキが運ばれて来た。
真っ白な皿に直径二十センチ程のパンケーキが二枚。上にバター。横に生クリームとサクランボが添えられている。おまけにメープルシロップ。
「わぁ、美味しそう!」
昨今流行りのふわふわ系ではない、オールドタイプのパンケーキ。パンケーキの甘い香りと熱で溶けたバターの香りが鼻腔に広がった。
メープルシロップをたっぷりかけて、ナイフを入れる。
「あっ、写真撮るの忘れてた!」
にこりは慌ててカメラを起動して、刀傷が入ったパンケーキをいろんな角度から撮影した。
朔太郎はお構いなしに自分の分のパンケーキを頬張る。
「久々に食べましたが、やはり美味しいですね。この質量が良いんですよ、質量が」
「スイーツに質量って言うな」
「もっちりしっとり、生地が詰まってる感じです」
「まぁ、分かるけど。ガキの頃はよく食ったな、それ」
「久々にどうです? 半分食べますか?」
「いや、そんなにいらねえなぁ」
「じゃぁ……」
撮ったパンケーキの写真を加工してSNSにアップし終えたにこりが顔を上げると、朔太郎が一口大に切ったパンケーキを隆輝の口に運んでいた。
シロップが垂れない様に手を添えて、二人があーんと口を開け、パンケーキが隆輝の口に入ると閉じられた口元からフォークだけが引かれる。
にこりは固まった。
(男同士でもあーんってするの?)
二人が家族ぐるみの付き合いだと聞いていたが、それにしては仲が良過ぎる……気がする。
連絡先を交換する時とは違うドキドキを感じながら、にこりは二人に聞いた。
「朔太郎さんとサボリーマンって、お友達、ですよね?」
「友達ってより、幼馴染か?」
「うーん、何と言いますか……腐れ縁?」
首を傾げ合う二人に、謎のドキドキが治まらないにこりであった。
最初のコメントを投稿しよう!