魔女と月の狼

ある日の魔女と狼

「やっぱり大きいなぁ」

　両手で首のあたりをわしゃわしゃしながら、目の前の毛に顔を埋める。ふわっと香るのは森の匂いだ。半分は日向ぼっこしたような香りで、残りは花や木、それに土と夜露のような匂いも混じっている。

「僕が乗っかっても全然平気だったね。しかもあんなに早く走れるなんて驚いた」

　感嘆の声に、狼のガルが「ガゥ」と小さく鳴いた。狼になると人のように喋ることができなくなるらしい。そんな獣らしいガルも僕は大好きだ。

　怪我をしたとき以来、満月の夜でもガルが狼になることはなかった。ベッドの中で狼の片鱗が出ることはあっても完全に変わることはない。そんなガルに、僕は「もしかして我慢しているんじゃ？」と思った。

「ねぇ、どうして狼にならないの？」
「は？」
「僕は怖くないから我慢しなくていいよ？」
「言ってる意味がわからないんだけど」
「満月のときくらいは狼の姿になりたいんじゃないのかなって思って」

　そう聞いたのは昨日の夕飯を食べた後だ。二人並んで食器を洗っているときに、窓から見える月が丸いことに気づいて尋ねてみた。そんな僕にガルは心底呆れたような顔をした。

「人狼は狼じゃないからな？」
「でも狼の姿もガルの姿でしょ？」
「別にならないと困ることでもないんだけど。それに人のそばで暮らすなら人の姿のほうが便利だし」
「そうなんだ」

　だからガルは人の姿のままなのか。理由はわかったけど、僕は内心もう一度狼の姿を見てみたいと思っていた。
　銀の毛に凛々しい顔、それに人の姿とはまるで違う逞しい獣の体は、いま思い出してもかっこいい。「あのときは怪我してたから堪能できなかったし」なんて未練がましいことを思ってしまう。

「アールンって、ほんと変わってる」
「え？」
「普通、巨大な狼なんて見たがらないと思うんだけど」
「たしかに大きさには驚いたけど、怖いなんて一度も思わなかったよ？　それどころか、すごくかっこいいと思ったくらいだし」

　僕の言葉に、ガルはやっぱり呆れ顔になった。そんな顔をしながらも、すすいだ皿を僕に手渡しながら「まぁ、いいか」とつぶやく。

「そんなに見たいなら、明日ちょうど満月だし狼になってもいいけど」
「ほんとに？」
「別に減るもんじゃないし」
「それなら、ぜひ見たい」

　前のめりの返事にガルがため息をついた。それを横目で見ながら、つい口を尖らせてしまう。

（そもそも魔女は好奇心旺盛なんだ）

　僕はそこまででもないけど、でも狼姿のガルは見たい。これは好奇心というより好きな相手のすべてを知りたい欲求のような気もする。
　そんなこともあって、今夜ガルが満月の光を浴びながら狼の姿になってくれた。それだけじゃなく僕を背中に乗せて森を走ってもくれた。帰ってからも狼の姿のままで、こうしてあちこちを撫でさせてくれている。

「そうだ、約束どおり毛を梳いてあげるね」

　いつか毛を梳いてやろうと思って大きめの櫛を作っておいたんだ。これなら髪用よりもきれいに梳けるはず。
　右手に持った大きめの櫛をもふもふの胸元に差し込む。そうしてゆっくりと引くと、予想どおり絡むことなくスーッと櫛が通った。何度かくり返すと、明らかに毛の状態が変化する。

「ふわっふわだ」

　まるで子猫や子犬のような手触りにうっとりした。せっかくだからと背中や頭の毛も丁寧に梳く。抜けた毛がどんどんベッドの上に溜まっていくのも楽しい。

「うわ、おでこまでサラサラだ」

　体に比べると顔の毛は量が少ないけど、櫛を通すとサラサラになった。あまりの手触りのよさに思わず頬ずりをしてしまう。

（それに、何だかいい匂いがする）

　これは森の匂いでも日向ぼっこの匂いでもない。しっとりした匂いというより、焼きたてのパンのような香ばしさを感じる。そこにほんの少しハーブのようなすっきりした匂いも混ざっているような感じだ。

「……はぁ、いい匂い」

　気がついたら額に鼻を埋めてクンクンと匂いを嗅いでいた。狼の額がこんなにいい匂いだなんて知らなかった。そう思ってさらにクンクンと嗅いでいると、小さく「グルル」と鳴く声が聞こえた。

「ガル？」
「グルルル」

　何だろう。顔を見ても怒っているような感じではない。でも長い髭はピクピクしているし周りも少しだけ膨らんでいるように見える。そのせいか、口が少し開いてちょっとだけ牙が覗いていた。

「もしかして嫌だった？」

「グルル」と鳴いたガルが額で僕を押し倒した。されるがままにころんとベッドに転がると、前脚をすっくと伸ばして座った狼のガルが僕を見下ろしている。
　どうしたんだろうと視線を上げようとしたとき、それが視界に入ってきた。

「……え？」

　もふもふのお腹の下から、赤くて長い棒状のものがヌッと飛び出ている。時々ぷるんと震える棒の先が月明かりに光ってみえるのは気のせいだろうか。

「もしかして、これが狼の雄？」

　僕の言葉に赤い棒がぷるんと震え「グルルル」と唸るような鳴き声がした。

「毛を梳いたから？　気持ちよくてこうなったってこと？　っていうか、狼の雄なんて初めて見た」

　人のときの雄とは形も色も全然違う。これが狼のものなのか人狼特有のものなのかはわからないけど、逞しくも見えるし可愛くも見えた。

「これが、人狼マナルガルムの雄」

　急に触ってみたい欲に駆られた。そんな魔女らしい好奇心に負けた僕は、起き上がってゆっくりと右手を伸ばした。前脚の間に手を入れて、そのままぷるんと震える棒に指を近づける。

「ガウ」

　触れる直前に首根っこを咥えられた。そのまま前脚ですくい上げるように体をひっくり返される。狼なのに何て器用なんだと思っていると、大きな狼の前脚に肩を押さえつけられて動けなくなってしまった。

「ガル？　……って、ガル」

　気のせいでなければ、尻たぶに熱い何かがずりずりと擦りつけられている。ズボンを着ているとは言え「もしかして」と思った途端に顔が熱くなった。

「ちょっとガルっ。何やってんの！」

　肩を押さえていた手が少しずつ軽く小さくなっていく。足に当たっていたもふもふした毛の感触もなくなった。代わりに太ももにのし掛かる熱を感じ「人の姿に戻ったんだ」ということがわかった。

「それは俺のセリフ」
「ちょっと、ガルっ」
「散々毛繕いした挙げ句、俺の匂いを顔に擦りつけながらいい匂いとか、誘ってんでしょ」
「誘ってなんかないってば！」
「匂いにうっとりしながら、自分に俺の匂いを擦りつけるのはそういうことだから」

「熱烈に求愛したんだから責任取ってよね」と言ったガルが、ズボンの上から尻たぶの間に硬い雄を擦りつけてきた。さっきまでの棒のような感触とは違い、明らかに先端の膨らみを感じる。

「あ、あれが求愛行動っていうなら、僕が求愛したのは狼のガルにだから」
「それって、狼の姿の俺としたかったってこと？」

　指摘されて一瞬考えた。狼の雄を思い出し、ゴクッと喉が鳴る。ふわっふわな毛の大きなガルに包み込まれながら受け入れる自分を想像すると体が熱くなった。

「……悪くないかもしれない」

　僕の返事にガルが大きなため息をついた。

「魔女が好奇心旺盛だってのは知ってたけど、アールンはおかしな方向にありすぎ。しかも昼間はキスだけでも怒るくせに、夜はけっこう大胆だよな。最近じゃ俺の上に跨がって腰振るのも好きみたいだし」

　言われてカッとなった。ガルの怪我が治ってからというもの、なぜか夜の行動に歯止めが利かなくなってきた。ガルが好きだと思えば思うほど一つになりたくてたまらなくなる。その結果そういった行動に至るわけで、もちろん自覚もしている。

「アールンって夜は淫乱だよな。そういうところも可愛くて好きだけど」
「ガルっ」
「しかも狼の俺としたいなんて、淫乱にも程がある」

　背中にのし掛かられて、うなじをペロッと舐められた。それだけで下腹部がぞわぞわして股間が熱くなる。

「さすがに狼とってのは行き過ぎだと思うけど」
「ガル！」
「それより、アールンも脱ごう？　俺もう裸だし、準備万端だから。今夜もたっぷり気持ちよくしてあげる」

　低い声に腰が震えた。まだ何も入れられていないのに、後ろが切なくなってきゅうっと窄まる。

「アールンから、いい匂いがする」

　うなじを舐めながらガルが器用に僕のズボンを脱がせた。下着を足で蹴るように下げるなんて乱暴なことをされているのに、僕の前もすっかり元気になっている。
　そうして解すのもそこそこに逞しいガルの雄をねじ込まれた。すっかり受け入れ慣れた僕のそこは、嬉しそうにきゅうきゅうと吸いついている。

「言っておくけど、狼のまましたら根元が膨らむんだからね？　そうして栓をするように吐き出し終わるまで抜けなくなるよ」

　ガルの言葉に後ろがキュッと締まった。さすがにそれは怖すぎる。「好奇心は身を滅ぼす」という言葉を一瞬思い出したけど、心の奥ではそんなふうにされる自分を少しだけ想像してドキドキしていたのは内緒だ。