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食べられたいほど、きみが好き2
今夜は綺麗な三日月だ。森のどこかでフクロウが鳴き、虫たちもあちこちで賑やかに歌っている。
脳裏に子どもの頃から見てきた夜の森が広がった。深い闇と濃い緑の香りが蘇り、そこに差し込む月の光が瞼の裏で光る。その光の中に、僕の大好きな銀髪のガルが座っていた。まるで月の光を集めたようにキラキラ眩しい。
「もしかして、気が散ってる?」
「そ、んなこと、ないよ」
そう答えながら瞼を開くと、月明かりに光るエバーグリーンの眼が笑っていた。僕の額に口づけながら体をグッと密着させてくる。
「んっ。もぅ、これ以上は、無理だって」
「まだ、奥があるだろ?」
「奥は、無理って言って、んぁ!」
中をズブズブと押し広げられて腰が浮き上がった。ベッドと背中の隙間にガルの手が入り込み、そのまま腰を浮かせるように支えている。
こうして正面から抱かれる体勢は苦しいはずなのに、僕を求めてくれているように感じて胸が高鳴った。覆い被さられてお腹や胸が苦しくても、逞しい体に囲われているように感じて興奮する。
「ぁふ、ふかぃ、って」
持ち上げた尻を押し潰すようにのし掛かられて圧迫感が増す。これ以上奥に入れられるのは怖いと思っているのに、反するように僕の手足は目の前の体に必死にしがみついていた。
「ははっ、かわいーの」
「んぅ! も、これ以上は、だめ、って」
「大丈夫。あそこまでは入れないから」
そう囁いたガルがググッと雄を押し込めてきた。途中でひどく感じるところを押し上げられたせいで体がビクビク跳ねてしまう。それを押さえつけるように体重をかけたガルが、さらに奥までねじ込んで深く狭いところをトンと小突いた。
「ひっ」
「んっ、すごく締まる。めちゃくちゃ、気持ちいい」
「ぁっ、んっ、そこっ、突かない、でって、」
「なんで? 気持ちよくない?」
「そうじゃなく、てっ。そこ、されると、んっ! 変に、なるからっ」
一度だけすごく深いところに入れられたことがある。それよりは手前だけど、そこをトントンされると深い痺れが体を貫いてぞくんとした。それがお腹全体に広がって下腹部から背骨をジンジン震わせる。痺れが頭に到達する頃には「ひっ、ひっ」と情けない声を漏らすことしかできなくなる。
(怖い、変になるのが怖い!)
変になると感度が増すような気がした。何をされても気持ちがよくて、気持ちいいことしかわからなくなる。そんな快感ばかりだと絶対に忘れられなくなる。
そうなってしまうのが怖かった。それなのに、僕の体は変になりたがっているようにガルにしがみつく。両足を力強く動く腰に絡ませ、もっととねだるように力一杯引き寄せる。
「やっぱ、可愛いな」
「んぁっ」
「別に変になっていいのに」
「んっ」
「どんなに変になっても俺の気持ちは変わらない。何を知っても俺はアールンが好きだから」
「ひっ! ひぅ、トントン、もう、むり、むりって、」
「大丈夫。ぐっちゃぐちゃになったアールンも俺の大好物だし」
「~~……っ」
トントンの動きが速くなった。ガルの雄もさらに一回り大きくなったような気がする。そのせいで手前の気持ちいいところが押し潰されっぱなしだ。ただでさえ擦られて敏感になっているのに、じわじわと圧迫されて快感がせり上がってくる。
「ぁ、だめ、くる、きちゃう、から」
息も絶え絶えにそう告げると、エバーグリーンの目がぎらりと光った。ニヤッと笑いながら舌なめずりしている。その姿を見ただけで僕の背中をぞくぞくとした痺れが駆け上がり、目がチカチカと瞬き始める。
「これからもずっと、こうやって泣きじゃくるくらい可愛がってやる」
硬い雄の切っ先が柔らかい奥の壁をズゥンと突き上げた。内臓がせり上がるような圧迫を感じた直後、僕は体をガクガク震わせながら絶頂した。体の奥から震えるような快感もガルを受け入れるようになって初めて知ったものだ。
あまりの感覚に声も出せずに震えていると、突然肩に鋭い痛みが走った。直後、お腹の奥でドクドクと脈打つような鼓動を感じる。ガルが僕の中で達した証だ。
(こういうところは、やっぱり狼っぽいな)
ガルは達するときに僕の肩を噛む。一応気を遣っているのか左右交互に噛んでいるみたいだけど、どちらの肩にも歯形の青痣がいくつも重なっていた。
僕はそんな噛み痕を鏡で見るたびにゾクゾクした。僕がガルのものになったみたいで興奮するからだ。
「ぁ、ん」
僕の中から硬いままの雄がズルッと抜けていった。散々広げられて閉まりきらない孔から、たっぷり注がれたガルの種がトロトロと流れ出す。「もったいないな」なんてことを思いながら、僕は「ふぅ」とため息をついて目を閉じた。
「アールン?」
「はは、ガルが、言ったとおりになった」
「どういうこと?」
「今夜も、すごく満足したってこと」
「……それなら、よかったけど」
いまのは照れている声だ。「ガルだってこんなに可愛い」と思いながら、頭を撫でられる感触にゆっくりと目を閉じた。
翌日、甘くて爽やかな香りで目が覚めた。ガルに抱かれた翌日は必ずこの香りで目が覚める。
ゆっくりと目を開けるとガルが僕を見下ろしていた。気のせいでなければ若干眉が寄っている。起き抜けに険しい表情だなんてどうしたんだろう。
「おはよ。どうかした?」
「あー……その、ごめん」
問いかけると、エバーグリーンの眼がちらっと僕の肩を見てから逸れた。右肩を見てみると見事な噛み痕がついている。いつもより強く噛んだのか、若干血が滲んでいるような部分もあった。
「別にいいよ」
「いや、駄目だろ」
肩からガルの顔に視線を戻す。まだ眉が寄ったままだ。
「どうして?」
「どうしてって、するたびに噛まれるなんて普通は嫌だろ? 痛いだろうし」
チラッと僕を見る眼は申し訳なさそうな雰囲気をしている。こうしたやり取りは、関係を持ってから何度もくり返されてきたことだ。
ガルは噛みたくないと思っているんだろう。それでも噛んでしまうのは狼か人狼の習性に違いない。それを隠さず僕に向けてくれるのを嬉しいと思いこそすれ、嫌だなんて思ったことは一度もなかった。
「自分ではどうにもできないんでしょ? 興奮したら我慢できなくなるって言ってたよね」
「そうだけど」
「つまり、それだけ僕を好きでいてくれてるってことだ」
「だからって、綺麗な肌を青痣まみれにしたいわけじゃない」
「青痣まみれって、肩だけだよ?」
「肩だけでもひどい見た目だ。せっかく綺麗な体してるのに」
綺麗な肌だとか綺麗な体だとか、ガルはたまにおもしろいことを言う。
(そんなの気にしなくていいのに)
むしろ、もっと本能を剥き出しにしてくれていいのに。それこそ狼のように牙を剥き出しにしてくれてもいい。そうなるくらい僕を求めて、そうしてガルも僕を忘れられなくなればいいのにと思う。
「もし肩以外にも噛みつきたかったら、遠慮しなくていいからね?」
「は……?」
「僕は、ガルにならどこを噛まれても嬉しいよ」
「……アールンって、たまに怖いこと言うよな」
「そうかな」
「人狼に噛まれたいとか正気とは思えない」
「そんなことないと思うけど。だって、僕は興奮して噛みつく人狼のガルが好きなんだ。求愛行動みたいだなって嬉しくなるし」
そう言ったらエバーグリーンの眼が大きく見開かれた。「なんて綺麗な眼だろう」と思って見ていると、すぐに目元を赤くしてそっぽを向いてしまう。
「ははっ、そういう反応を見ると年下って感じがする」
「うるさい」
「ガルも可愛いところがあるなぁ」
「アールンのほうが可愛い」
「そう言うのはガルだけだけどね」
「言うのは俺だけでいいだろ」
「うん」
頬までほんのり赤くなったガルが、そっぽを向いたまま器用にお茶を差し出してきた。これは僕が調合している薬草茶で、疲労回復と血の巡りをよくする効果がある。
ガルの手当をしたとき、最初に出したのがこの薬草茶だった。その後、傷の回復にも効果があると知ったガルは、行為の翌朝これを用意するようになった。
(でも、それだけじゃない)
クンと香りを嗅ぐと、甘い中に少し柑橘に似た香りが混じっている。これは痛みを和らげる薬草の香りだ。きっと薬草学の本で調べたのだろう。僕の両肩から消えない噛み痕を本気で心配してくれているに違いない。
「ありがと、ガル」
「どういたしまして」
ベッドの脇にある椅子に座って、ガルも同じ薬草茶を飲み始めた。ちょっと眉をしかめているのは酸味が苦手だからだ。
そんなガルの顔を見ながら僕も一口飲む。甘みと酸味が前回より絶妙になっているのは、ガルがあらかじめ味見したのかもしれない。そう思ったら胸がくすぐったくなってきた。
(いいよな、こういうの)
好きな人と夜を過ごして、朝になるとこうして静かにお茶を飲む。気遣いや愛情を互いに感じながら、静かな時間を二人で分かち合う。早くに魔女として独り立ちした僕は、ばあちゃんや母さんとこういった時間を過ごすことがほとんどなかった。だからか、胸がきゅっと切なくなるような気がしてくる。
(ガルといつまで一緒にいられるかな)
最近そう思うことが増えてきた。ガルは人狼だ。本来、人の近くにいることはない。昔話の中の人狼はいつも気高く、そして一人きりだった。ガルもいつか一人に戻りたくなるんじゃないかと思うと胸が締めつけられるように苦しくなる。
(それに、ここはヤルンヴィッドの森だから)
それでもそばにいたい。でも、そばにいられなくなるかもしれない。そうなったとき、僕にガルを見送ることができるだろうか。両肩にある噛み痕を思い出にするには、あまりにもガルを好きになりすぎている。
(噛み痕じゃなくて、いっそ食べてくれたらいいのに。そうすればガルの血肉になってずっと一緒にいられる)
そんなことを言えば、また「怖いこと言うな」と言って顔をしかめるんだろう。でも、そのくらい僕はガルのことが好きで、それくらいそばにいたいと思っていた。
ふと、窓の外に目が向いた。森の入り口の方向で烏が飛び立つのが見えた。何でもない光景なのに、なぜか僕の胸がほんの少しざわついたような気がした。
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