食べてしまいたいほど、きみが好き4

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食べてしまいたいほど、きみが好き4

(傷口を見る限り、たぶん毒は仕込まれてない)  二人はガルを生きて捕らえたがっているから、即死してしまうような毒は使わないだろう。だからといって安心はできない。それに僕は刺さっているものに触れることすらできない状況だ。最悪、街の誰かに抜いてもらうしかない。 (いや、その前にどんなまじないか調べないと危険か)  魔女のまじないには様々なものがある。迂闊に手を出すのはよくないけど、どういったまじないか調べている時間はなかった。 (どっちにしても、早く二人を森から追い出さないと)  このままじゃ止血すらできない。それに、この太い針のようなもの以外にもガルを捕らえるための道具を準備している可能性がある。これ以上何かされるわけにはいかなかった。 「ガル、ちょっと待ってて」  そう囁いた僕の手をガルが掴んだ。きっと心配しているのだろう。でも大丈夫。僕はこの森に住む足枷(グレイプニール)の魔女の名を継いだんだ。  ガルの手をポンと叩いて静かに立ち上がった。二人が言い争っているのを横目で見ながらエルダーの木に近づいて右手を当てる。そうして小さく息を吸い、契約の呪文を口にした。 「エルダーの木々よ、汝等を穢した魔女たちに復讐の鉄槌を。汝等の威厳を示し魔女たちを遠ざけよ」  声とともに枝が擦れ葉がざわめき出した。一本の木から始まった音は一気に森の奥へと広がり、森全体が揺れるようにざわざわと音を立て始める。  その音にハッとしたソルが周囲を見渡した。それから僕を見て「チッ」と小さく舌打ちをする。 「マイニィ、一旦引こう」 「どうして? いまの人狼ならあたしたちでも連れ帰って閉じ込めることができるわ」 「駄目だ。木々の波動がおかしい。というより、森全体の波動が、……っ」 「きゃあっ」  二人目がけて鋭い枝が飛んできた。まるで空から降り注ぐ槍のようなそれはオークの枝だ。入り口より少し奥に茂っているオークたちがエルダーによって解放され、魔女たちを排除するために動き出した。 「くそっ、森を使役する魔女だったのか」 「ちょっと、どういうことよ!?」 「足枷(グレイプニール)の魔女は鉄の森を支配していた。鉄の木々がなくなった森なら何もできないと思っていたが、いまは鉄でなく普通の木々を支配下においているんだ」 「何よそれ! っていうか、森全体を使役するなんて無理に決まってるじゃない!」 「原理はわからない。ただ、このままじゃ俺たちのほうが囚われの身になる」 「捕らえたりなんかしないよ」  僕がそう告げると、降り注いでいたオークの槍がぴたりと止まった。まじないで木の槍を防いでいた魔女たちも僕に視線を向ける。 「たしかに僕は森と契約を結んでる。それが足枷(グレイプニール)の魔女の一番の役割だからね。だからといって魔女であるあなたたちを捕らえたりはしない」 「……どういう意味だ」 「この森は魔女を嫌っている。憎んでいるといってもいい。だから、あなたたちには出ていってもらう。そして、できれば二度と戻って来てほしくない。でないと、次はあなたたちを捕らえて殺してしまうかもしれない。この森はそういう森なんだ」  ソルの赤い眼が細くなった。隣ではマイニィが悔しそうに唇を噛んでいる。少し考えるような表情をしていたものの、小さく息を吐き出したソルがマイニィの手を掴み「行こう」と口にした。 「ちょっと、せっかくのチャンスを逃すつもり!?」 「チャンスなんかじゃない。というより、この森に入った時点でチャンスなんてなかったんだ」 「何を言ってるの! やっと追い詰めたのに! また新しい銀の狼を探そうったって、見つかりっこないわ!」 「それでも、この森は駄目だ」  ソルがピュウと指笛を吹くと、大きな烏がどこからともなく飛んできた。広げた翼は大人の背丈三人分くらいはあるだろうか。そんな大烏は何度か降下を試みたものの、諦めたのか上空で旋回している。 「やはり近づけないか」 「ちょっと」 「いいからじっとしてろ」  マイニィの腰に腕を回したソルが、右手を空に向かって突き上げた。するとどこからともなく集まってきた蛇たちがソルの体を這い上がり、腕にシュルシュルと絡みつく。そうして絡み合った蛇たちが蔦のように天へと向かって伸び始めた。  先頭の蛇が巨大な大烏の足に絡みついた。烏はそれに驚くことなく、街の方向に向いて大きな翼を羽ばたかせる。すると目の前にいた二人の体が一気に上空に舞い上がり、大烏に引っ張られるように飛んでいった。「せっかく見つけたのに!」と叫ぶマイニィの声が遠くで響いている。 「お願いだから、二度と戻って来ないで」  黒い点になった二人にそう呟いてから、急いでガルの元へと戻った。出血はそこまで多くないものの、やっぱり太い針に触れることができない。 「どうしよう、僕じゃ抜くことができない。これじゃあ手当ができない」  オロオロする僕に、ガルが「大丈夫だ」と口にした。言葉とは裏腹にいつもよりもずっと力のない声にカッとなる。こんなときくらい、もっと僕を頼ってほしい。 「大丈夫なわけないだろ!」 「今夜は満月だから、大丈夫」  言っている意味がわからない。思わず「え?」と問いかけると、腕を掴んでいた僕の手にガルの手が重なった。 「満月を浴びれば、俺は狼の姿になれる。体が変化するとき、異物は外に押し出されるんだ」 「それって、狼になればこれが抜けるってこと?」  銀色の髪がわずかに揺れた。力のない反応に慌てて顔を覗き込む。  キリッとした眉が寄っていて額からは汗が流れていた。苦しそうに眼を閉じている表情は、左足を怪我していたときよりもつらそうに見える。 「わかった」  これまでガルが狼の姿になったことはない。満月だって何度も見ているけど人の姿のままだった。そんなガルが本当に狼になれるのかわからないけど、いまはガルの言葉を信じるしかない。 「まずは家に帰ろう。ガル、歩ける? 無理そう?」 「歩ける」  立ち上がろうとして一瞬膝が崩れかけた。本当は座っているのもつらかったに違いない。それなのに僕に心配をかけたくないのか、立ち上がったガルがゆっくりと足を踏み出した。慌てて肩を貸して何とか家まで歩いて行く。 「止血剤と痛み止め、増血剤も用意しておく」 「アールンの薬なら、すぐによくなる」  ベッドに横たわったガルは、そうつぶやいてから眠るように目を閉じた。
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