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序 満月の丑三つ時に
――悪魔が願いを一つ叶えます。代償は、命です。
「本当なのかな、これ」
ごくりと和泉(いずみ)奈月はつばを飲み込んで、机の上にある黄ばんだ紙を見た。
偶然見つけた紙に書かれているのは、「悪魔の呼び出し方」。
満月の丑三つ時。深夜の二時ぴったりに、月光を反射させるように姿見を向かい合わせにすると、その中間に悪魔が現れる。
召喚された悪魔が、魂と引き換えに願いを叶えるのだと、紙に書いてあった。
奈月は自分の部屋に、身長よりも高い鏡を二つ設置した。一つは月光が当たる位置に置き、もう一つは二メートルほど離れた壁際に、裏向きに設置した。
大きな鏡は、一つは自宅にあったもの。もう一つは、おこづかいを使って用意した。高かったけれど、どうせ魂を悪魔に渡してしまうのだ。
「あと五分で、二時……」
奈月はパジャマ姿の上から、ドキドキとする左胸を両手で押さえた。こんなに夜ふかししているのに、緊張してまったく眠たくならない。
「わう、わうっ」
ポメラニアンのコタロウが、奈月の足にじゃれついて来た。
「コタロウともお別れだね。今までありがとう」
奈月はしゃがんでコタロウの頭をなでる。友達がいない奈月にとって、コタロウは心の支えだった。
「あと二分」
奈月は裏側になっている鏡を両手でにぎりながら、腕時計を見た。
(悪魔なんているはずない。だけど、もしかしたら……)
紙を見つけてから、奈月は満月の今日を心待ちにしていた。
命を引き換えにしてでも、叶えたいことがある。
「あと三十秒」
チクチクと秒針が動く。ドキドキと心臓が高鳴る。
――そして。
「今っ!」
奈月は鏡を裏返した。
大きな鏡が月光を反射して、もう一つの鏡を照らす。部屋がぽわんと明るくなった。
すると、鏡と鏡の間に、黒いシルエットが現れ始めた。
長い黒髪の、大人の男性の影。
奈月は数歩、後ろに下がった。
(本当に、悪魔が……?)
「わう、わうっ」
そのとき、黒いシルエットにコタロウが飛びついた。
「あっ、ダメだよコタロウ!」
奈月は慌ててコタロウを抱き上げた。紅茶色のふわふわの毛に異常はないようで、ほっとする。
コタロウはつぶらな瞳で奈月を見上げた。そして口を開く。
「なんだ、これは」
ものすごく低い声。
奈月はまばたきを忘れてコタロウを見つめる。
(えっと、空耳? コタロウから声が聞こえたような……)
奈月が首をかしげると、コタロウがクワッと目を見開いた。
「くそっ、出られん。この犬、なんてことをしやがるんだ!」
「コタロウ⁉」
(やっぱり、コタロウがしゃべった!)
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