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「とにかく、次は佐々木の家だ。しかたがないだろ、おまえは友達ゼロなだけではなく、知人もほとんどいないんだから、選択肢がないんだよ」
コタロウがイラついたような声で言った。
「イヤだってば。苦手な人の家になんて行きたくない」
「行かなきゃ、奈月の家で暴れてやるぞ。ベッドもソファーもふすまも障子もボロボロにしてやる。こっちはこの体から出られなくて、イライラしてるんだ」
「そんなの困るよ」
「なら、行け」
「でも、わたし、しゃべれなくなっちゃう」
御剣は一方的にでも仲間意識があったからなんとなかったが、相手は佐々木だ。怖くなって、口が貝のように固くなって、開かなくなるに違いない。
「一人じゃなければいいだろ」
「どういうこと?」
「そこにいるじゃないか。連れていけ」
「御剣くんは巻き込んじゃダメだよ、迷惑だよ」
「そうか? 興味津々って顔をして、こっちを見ているが」
奈月はコタロウに顔を寄せたままチラリと肩越しに御剣を見ると、確かに興味深そうな表情でこちらを見ていた。
「勝手に迷惑と決めつけないで、本人に聞いてみたらどうだ」
奈月は上半身を起こすと、目を大きく開いてコタロウを見下ろした。
(聞いてみる、ってこと、今まであまりしてこなかったかも)
どうせ断られるとか、きっと困らせてしまうと奈月は考えがちで、話しかけずに終わらせてしまうことがほとんどだった。
奈月は立ち上がって、胡坐をかいている御剣の前で正座をした。
「あのね、コタロウに、佐々木くんの家に行くように言われたんだけど」
膝の上でにぎる手に、汗がにじんでくる。
「いっしょに、来てください」
奈月は頭を下げた。長い黒髪が背中からサラリと流れ落ちる。
「和泉ってさ、なんでいつもそうやって、力んでるんだ?」
「えっと」
関係のない話をされて、奈月はゆっくり顔をあげた。なんのことだろうか。
(力んでる? あ、手をにぎってた)
「話すの、緊張、するから」
「なんで?」
「恥ずかしいし」
「だから、なんで?」
緊張したり、恥ずかしいことに、理由があるのだろうか? なんと答えていいのかわからなくて、奈月はおどおどと視線をさまよわせた。
「考えたことなかった?」
奈月はうなずいた。
「失敗したくないとか、人によく見られたいとか、背伸びしようとするから、力が入るんだ。力むと動きづらくなるし、話しづらくなる。理由がわかれば改善もできるだろ?」
「改善……できることなの?」
奈月はぽかんとして、御剣を見た。
話し下手を直せるだなんて、思ったこともなかった。だから、直す努力をしたこともなかった。
「教室には同級生しかいないんだから、失敗したっていいだろ。むしろ、失敗の実験をする場所だと言ってもいい」
「失敗の実験」
(お父さんが言っていた、社会に出るための訓練って話と、似てるかもしれない)
「緊張しない極意を教えてやろうか」
「うん、知りたい」
奈月は身を乗り出した。
「クラスメイトと先生を、カボチャだと思うんだ。野菜に緊張なんてしないだろ」
「カボチャ」
「スイカでもいい」
御剣は真顔で言う。奈月は教室いっぱいのカボチャを想像して、ふきだしてしまった。
(御剣くんって、おもしろい!)
大人っぽくて、カッコよくて、近寄りがたいと思っていたけれど。
(こんなに話しやすい人だったんだな)
いつかクラスのみんなとも、こうして楽しく話せるのだろうか。
「佐々木の家の話さ」
「あ、うん」
奈月は思わず、また拳をにぎってしまう。
「その犬と会話をしているところを聞かせてくれたら、つきあってもいいよ」
「ほんとっ?」
御剣はうなずいた。
「だって、コタロウ。声を出してよ」
コタロウは、ちょいちょいと、また奈月に向かって手招きをする。耳を貸せ、というジェスチャーのようだ。奈月はコタロウに顔を寄せた。
「佐々木の家に行った帰りに、聞かせてやると言え」
「自分で伝えればいいのに」
これでは、イマジナリーフレンド疑惑が晴れない。
奈月は不満に思いながらも、コタロウの言葉を繰り返した。
「そっか。なんか、おもしろくなってきたな。じゃあ行こうぜ」
御剣は立ち上がると、足がしびれて立てなくなっている奈月を引っ張り上げてくれた。奈月はかあっと赤くなる。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。和泉って、おもしろいやつだったんだな」
(それは、こっちのせりふだよ)
奈月はコタロウをかばんに戻して、御剣の家を出た。
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