2 願いを叶えていいのか問題

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「とにかく、次は佐々木の家だ。しかたがないだろ、おまえは友達ゼロなだけではなく、知人もほとんどいないんだから、選択肢がないんだよ」  コタロウがイラついたような声で言った。 「イヤだってば。苦手な人の家になんて行きたくない」 「行かなきゃ、奈月の家で暴れてやるぞ。ベッドもソファーもふすまも障子もボロボロにしてやる。こっちはこの体から出られなくて、イライラしてるんだ」 「そんなの困るよ」 「なら、行け」 「でも、わたし、しゃべれなくなっちゃう」  御剣は一方的にでも仲間意識があったからなんとなかったが、相手は佐々木だ。怖くなって、口が貝のように固くなって、開かなくなるに違いない。 「一人じゃなければいいだろ」 「どういうこと?」 「そこにいるじゃないか。連れていけ」 「御剣くんは巻き込んじゃダメだよ、迷惑だよ」 「そうか? 興味津々って顔をして、こっちを見ているが」  奈月はコタロウに顔を寄せたままチラリと肩越しに御剣を見ると、確かに興味深そうな表情でこちらを見ていた。 「勝手に迷惑と決めつけないで、本人に聞いてみたらどうだ」  奈月は上半身を起こすと、目を大きく開いてコタロウを見下ろした。 (聞いてみる、ってこと、今まであまりしてこなかったかも)  どうせ断られるとか、きっと困らせてしまうと奈月は考えがちで、話しかけずに終わらせてしまうことがほとんどだった。  奈月は立ち上がって、胡坐をかいている御剣の前で正座をした。 「あのね、コタロウに、佐々木くんの家に行くように言われたんだけど」  膝の上でにぎる手に、汗がにじんでくる。 「いっしょに、来てください」  奈月は頭を下げた。長い黒髪が背中からサラリと流れ落ちる。 「和泉ってさ、なんでいつもそうやって、力んでるんだ?」 「えっと」  関係のない話をされて、奈月はゆっくり顔をあげた。なんのことだろうか。 (力んでる? あ、手をにぎってた) 「話すの、緊張、するから」 「なんで?」 「恥ずかしいし」 「だから、なんで?」  緊張したり、恥ずかしいことに、理由があるのだろうか? なんと答えていいのかわからなくて、奈月はおどおどと視線をさまよわせた。 「考えたことなかった?」  奈月はうなずいた。 「失敗したくないとか、人によく見られたいとか、背伸びしようとするから、力が入るんだ。力むと動きづらくなるし、話しづらくなる。理由がわかれば改善もできるだろ?」 「改善……できることなの?」  奈月はぽかんとして、御剣を見た。  話し下手を直せるだなんて、思ったこともなかった。だから、直す努力をしたこともなかった。 「教室には同級生しかいないんだから、失敗したっていいだろ。むしろ、失敗の実験をする場所だと言ってもいい」 「失敗の実験」 (お父さんが言っていた、社会に出るための訓練って話と、似てるかもしれない) 「緊張しない極意を教えてやろうか」 「うん、知りたい」  奈月は身を乗り出した。 「クラスメイトと先生を、カボチャだと思うんだ。野菜に緊張なんてしないだろ」 「カボチャ」 「スイカでもいい」  御剣は真顔で言う。奈月は教室いっぱいのカボチャを想像して、ふきだしてしまった。 (御剣くんって、おもしろい!)  大人っぽくて、カッコよくて、近寄りがたいと思っていたけれど。 (こんなに話しやすい人だったんだな)  いつかクラスのみんなとも、こうして楽しく話せるのだろうか。 「佐々木の家の話さ」 「あ、うん」  奈月は思わず、また拳をにぎってしまう。 「その犬と会話をしているところを聞かせてくれたら、つきあってもいいよ」 「ほんとっ?」  御剣はうなずいた。 「だって、コタロウ。声を出してよ」  コタロウは、ちょいちょいと、また奈月に向かって手招きをする。耳を貸せ、というジェスチャーのようだ。奈月はコタロウに顔を寄せた。 「佐々木の家に行った帰りに、聞かせてやると言え」 「自分で伝えればいいのに」  これでは、イマジナリーフレンド疑惑が晴れない。  奈月は不満に思いながらも、コタロウの言葉を繰り返した。 「そっか。なんか、おもしろくなってきたな。じゃあ行こうぜ」  御剣は立ち上がると、足がしびれて立てなくなっている奈月を引っ張り上げてくれた。奈月はかあっと赤くなる。 「あ、ありがとう」 「どういたしまして。和泉って、おもしろいやつだったんだな」 (それは、こっちのせりふだよ)  奈月はコタロウをかばんに戻して、御剣の家を出た。
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