8人が本棚に入れています
本棚に追加
3 御剣と佐々木
佐々木の家は、奈月や御剣の家から離れていて、徒歩二十分ほどかかった。周囲の家はみんな大きく、高級住宅地と呼ばれる地域だ。高台にある佐々木の家は三階建てで、まるでお城のように豪華な家だった。
(佐々木くんって、すごいお金持ちだったんだな)
気後れしてしまって、奈月はなかなかチャイムを押せない。しばらく奈月を待っていた御剣は、門に設置された呼び鈴を押した。指が一瞬触れて、奈月はドキリとしてしまう。
スピーカーから「はい」と女性の声が聞こえてきた。
「佐々木貴秀くんのクラスメイトです。……なにしに来たって言う?」
御剣は後半、奈月に向けて小声で尋ねた。
「なにしに来たんだろう……」
悪魔に脅されて来ただけで、奈月もよくわからない。
「遊びに来ました」
御剣はスピーカーに向けて言った。
「貴秀ぼっちゃんと、お約束がありますか?」
「いいえ、ありません」
「少々お待ちくださいね」
スピーカーがプツリと切れた。
(佐々木くんと会ったって、願いごとが決まるとは思えないんだけどなあ)
奈月はジトッとスポーツバッグをにらんだ。ただイヤな思いをして終わりそうだ。
「ぼっちゃんがお会いになるそうです。玄関までおこしください」
スピーカーからさっきの女性の声がして、ウィーン、ガチャンと門から音がした。門から十メートルほど離れている玄関からも同じ音がする。
「電子ロックだ」
びっくりしている奈月にそう言って、御剣は門を開けた。高い生垣で囲われて見えなかったが、芝や木が手入れをされている庭も広い。
(佐々木くんって、顔が良くて、頭も良くて、運動もできて、お金持ちで、なんでもそろってるんだな。女子にさわがれるはずだよね。あとは、性格も良ければカンペキだったのに)
そんなことを考えながら御剣の後ろに続いて玄関に入る。
「こちらにどうぞ」
玄関で待っていたのは、エプロンをつけた六十代くらいの女性だ。この家の家政婦だろう。
「あと十分ほどで家庭教師が帰ります。それから三十分後に別の家庭教師が参りますので、その間の十五分程度、ぼっちゃんが時間を空けるそうです」
(ぼっちゃんって呼ぶんだな。家政婦さんも初めて見た)
二人は家政婦に、廊下の四人掛けのソファーをすすめられた。
(何人も家庭教師がいるのかな? すごいけど、わたしはそんなに勉強したくないな)
「そんなに勉強が好きなら、私立の小学校にすればよかったのに」
思っていたことが口に出てしまった。すると、御剣が奈月の耳に口を寄せてきた。
「それ、佐々木に言うなよ」
「それって?」
「私立のこと。あいつ、お受験に失敗したんだよ」
(ひえぇっ、そうだったんだ。よかった、教えてもらえて。佐々木くんに言ってたら、前の百倍からまれてたよ!)
奈月はドキドキしてしまった胸を両手で押さえた。
(やっぱり、おしゃべりって難しいよ。御剣くんも、そんなに頭がいいなら私立に行けばよかったのにって思ったけど、やっぱり落ちちゃったのかな。聞かないほうがいいよね)
そう考えながら御剣を見上げていると、奈月の視線に気づいた御剣が二ッと笑った。
「オレも私立に落ちた、って思ってる?」
(どうしてわかるの⁉)
奈月はあわててしまって、とにかく顔をプルプルと横に振った。
「オレは受けてないよ。勉強に目覚めたのって、中学年くらいからなんだ。佐々木に勉強を教えてたら、楽しくなってきて……」
「佐々木くんと、仲がよかったの?」
びっくりして尋ねると、御剣は視線を落として、小さく笑った。
「前はな」
最初のコメントを投稿しよう!