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「そういえば先月、全国模試があっただろ。何位だった?」
とつぜん、御剣が話を変えた。
その言葉に佐々木の動きがとまった。顔がこわばって、顔から血が引いていく。
「おまえに、関係ないだろ」
佐々木の声は震えていた。
奈月はびっくりする。いつも自信満々で、クラスメイトをひっぱって、太陽のように笑っている佐々木が、まるで幽霊を見た後のように顔を青白くしているなんて。
「言えないのか? よほど悪いんだろうな」
「悪くない」
「良くもない?」
「良いに決まってるだろ! 二百位だよ!」
「受験生は一万数千人か。確かに、悪くない」
(悪くないどころじゃないよ。すごいよ!)
奈月が全国模試で二百位をとったら、両親にお祝いしてもらえるかもしれない。それなのに、なぜ佐々木はそんなに青い顔をしているのだろう。
(これは、言ってもいいよね。ほめるんだもんね)
「佐々木くん、すごいよ」
おずおずと奈月は言った。すると、キッと佐々木にらまれてしまった。
「ぼくの前に二百人もいるのに、どこがすごいんだよ」
(怒らせちゃった!)
奈月は肩を落としてうつむいた。
「だから、和泉に当たるなって」
「そんなことを言いに来たのか。だったら帰ってくれ。次のカテキョーの準備をしなきゃならないんだ。ぼくはきみたちと違って、ひまじゃないからね」
「ひまじゃないから、成績が上がらないんだよ」
「……蓮、ケンカを売ってるのか」
佐々木はシャーペンが折れそうなほど強くにぎりしめている。
「塾と家庭教師四人にみっちりと勉強を教わっている。今に見てろ、そのうち蓮を抜く」
「それがダメだって言ってるのに。ほんと変わらないな、貴秀は」
二人のやりとりを聞いて、奈月はパチパチとまばたきをする。
(今、二人とも名前で呼んでた。もしかしてこの二人、以前は名前で呼び合うほど仲が良かったのかな?)
「勉強をしなくても満点を取るような天才に、ぼくの気持ちはわからない!」
佐々木は両手でテーブルを叩きながら立ち上った。
「両親は医者だ。兄はストレートで医学部に入った。高校生の姉もずっと首席。家族で、ぼくだけ落ちこぼれになるわけにはいかない」
「べつに、落ちこぼれてないだろ」
「蓮さえいなければ、ぼくが学校で一番なのに!」
あっ、と奈月は声を出しそうになった。御剣と佐々木が仲たがいをした理由がわかった気がした。
「二番になったら、なぜ一番じゃないんだと叱られる。九十五点なら、なぜあと五点取れなかったのだと責められる。ぼくは一度だって親にほめられたことがない。だから寝る間も惜しんで勉強しているのに、模試の成績は下がる一方だ!」
佐々木はうつむいて、前髪で表情が見えなくなった。ただ、くちびるを強く噛みしめているのはわかる。
(なんか、泣きそうな声だ)
あんなに怖かった佐々木が、かわいそうに思えてきた。
学校で二番だなんてすごい。九十五点も点もすごい。奈月の両親なら褒めたたえてくれるに違いない。むしろ、そうしてくれなかったら頑張ったかいがない。勉強をする張り合いがなくなるかもしれない。それなのに、叱られるなんて。
「こんなに頑張っているのに、きちんと結果も出しているのに、親に認めてもらえないなんて苦しいよね」
奈月は思わず口に出していた。佐々木は驚いたように顔を上げて奈月を見る。その瞳がみるみる潤み、佐々木はあわてたようにまた顔を下げた。
「和泉、うるさい」
佐々木の声は弱々しかった。
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